「描く」のは骨が折れることだ。

本当に「描けた」のは何本あるだろうか。

実在の人物像を描いた小説のシーンでいつも思い出すのは、吉川英治の『宮本武蔵』のハエのシーンである。剣豪は座敷に座って静かにざる蕎麦を食べている。季節は夏で蕎麦にハエがたかる。それを武蔵は1匹1匹、箸でつまんでは外に捨てる。座る彼の前には、彼をこれから斬りかかろうとする男がいた。決闘は食べ終わるまで待てと武蔵は言う。ところが男は剣豪のハエの技におののいて、とんでもないと悟って逃げてゆく。

確かめてはいないが、これは資料もなく、吉川英治の創作だと思う。このシーンが心に焼きついたのは、剣豪の技、静けさ、怖れの無さが一つになり、実在するかのような姿で創造されているからだ。もはや「書く」ではなく「描く」である。

結局私はこのシーンの周りを歩いている。連載を書かせていただく『ドクターの肖像』の約50人で、どれだけ創造の姿に近づけたか。

最初の川副氏は無我夢中で書いてそれどころじゃなかった。小野氏ではESDのくだりに少し見える。馬原先生の時は描こうとして却下された(理不尽だった)。高山先生では外科手術で少し描けた。鳶巣先生では描かせてもらった。尾崎先生には突っ込めたがまだ「論」が強い。山高先生はもう一度取り組みたい。金平先生はもっと描けたと思う。春日先生は難しい研究の説明をリアリズムで迫れた。赤星先生は彼の人生の力で描かせてもらった。本永先生も同様。家坂先生はよく見抜いた。欠畑先生では少し飛べている。下村先生ではよく人物を読んだ。

一番「描けた」のは私の連載2回目の斎藤先生だろうか。彼の贔屓の女優がキャンパスの桜を背景に舞い、恩師の涙雨が注がれた。あそこには創造があった。

あの頃(4年前)から私は上達していないのか?というとそうではない。ドキュメントとして人物を読み込み、掘り下げて「書ける」ようになってきた。それは上達である。だがドキュメントを越えて、クリエイティブに泳がせて「描ける」のはもう一段上の仕事である。それはまだ時々しか降りてこないのが実情である。

言い訳だが、たった1度の1時間半のインタビューで、締め切りはテープ起こしを含めて2週間である。ものすごい力がいる。何よりインタビューで人の心へ斬り込まない限り「創造の人」が降りてこない。資料だけでは難しい。だからこそ史実から人を創る吉川英治や司馬遼太郎の凄さがわかる。

余談だが、吉川英治の武蔵を原作にした漫画『バカボンド』がなぜ長期休載に入ったのか、それは井上雄彦氏の心に「武蔵が入って来ない」からだ。創造ができなくなったのだ。小次郎を耳が聞こえないという設定をつくった、彼の自縄自縛のせいもある。そんないたずらはしてはいけない。

今書いている、ある大物医師を「描ける」かどうか。インタビューがひどかったので資料だけが勝負。少しでも描きたい。吉川武蔵よ、待っていろ!(とでかく出たもんだ笑)。しかし描くというのは骨が折れるものです。

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「描く」のは骨が折れることだ。」への2件のフィードバック

  1. 大好きなドクターズマガジン。私は、送っていただいた主役の先生方の「人生という物語」の上を歩けていました。今写真を見て思い返すだけでも胸が熱くなります‥‥そしてジャンルは違えど「私も極めねば!人のために!」と、心のきっかけをいただいたのでした。

    私も暗いトンネルを抜け‥‥音楽が好きで好きでたまらない自分に今、戻れています。とびきりのラブソング、できました。毎日の郷さんの文章からの「創作の刺激」のおかげです。楽しみにしていてくださいね!

    1. おはようございます。どうもありがとうございます。
      戻れているとは素晴らしいですね。ラブソング、結局は愛です…。
      みんなその周りを描いている。それがうまくいかなくてつらい。
      私も人を愛することがうまくできない。このまま寂しく消えてゆきそうです。
      せめて愛のむつかしさを文で創造して死んでゆきたい。棺桶を満たされない愛で満たせれば、きっと来世では…(笑)。

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