梃子:『重力と恩寵』から

大雨の選挙サンデーである。それでも投票に行くつもりだが、心身が濡れるほど投票したい候補者がいないのは私の問題でもあるけれども、ひとつ、シモーヌ•ヴェイユの『重力と恩寵』から引用しよう。

梃子。上げたいなら下げる。
「みずからを低くする者は高められる」と同じ仕組みである。

梃子のような人、それは人びとを上げるために自分が低くなる人だ。みずらかを低くすることをいとわない仕事をする。すると上げられた人びとは、梃子の端にいる低くなった者に感謝する。人びとの重さで梃子は傾き、低くなった者を高める。

梃子のような人物に投票したい。

ところが、ほとんどの候補者は選挙の時だけ低くなり、それ以外の時は高い。政治家はサービス業であるべきだと思うけれど、当選すると「ありがとうございます」の代わりに「バンザイ」と言われてドギマギしてしまう。多くの政治家は法律の製造業でもなく、選挙区を耕す農業でもない実情を見ると、大雨で投票所に行く気持ちが萎えてくるのである。

大切なのは、梃子の端に何を載せているか。政治家なら市民である。名誉やバッジやお金ではない。拙文屋なら読者である。

もうひとつ大切なのは、梃子の支点である。ヴェイユはこの言葉を聖書から引いているように、「支点は十字架である」と書いている。十字架が天秤となって、キリストが低くなり、代わりに世界を上げたと。宗教者ではない私の支点は何だろう。それは「愛すること」だと思う。低くなって愛すること。梃子でも動かないものはほとんどない。そう信じて。

しかし雨はあきた…

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