日野原重明氏の『生きることの質』をポツポツと読んでいるが、その中に「あの時との出会い」という章がある。彼が60代の時にオーストラリアのシドニーで開かれた大学学長•学部長会議に出席して、ワークショップがあった。こう問いかけられた。
「いまあなたの中でいちばんの問題は何でしょうか。それをひとつだけ取り上げて、言葉ではなく、絵に書いてください」
日野原氏は、絵に書くこともさることながら、ひとつに絞ることはむつかしいと感じた。目前に借金を抱えているとか目立つ問題があればまだしも、数ある問題に順序がつけられない。それじゃいけないと思いつつ、言い方を変えて読者にこう語りかける。
「あなたにとって大切なある人、またはある事との出会いの瞬間を覚えておられますか?」
医師である彼は、患者の大切なことをそれで聞いて、最期のときに実現してやろうと考えたそうだ。自分はこの問いにどう答えるか。ぼくはすんなりと答えがだせる。
ある人が入ってきたシーンである。この瞬間に人生を変えられると直感した。ぜったいに貫こうと思った。貫くことをやめることはない。かけがいのない瞬間を持てたことは幸運だった。
もう一つはうちに猫が入ってきたシーンである。
「入ってもいい?」と聞くので「いいよ」と言ったら入ってきた。飼い猫だった子がゆえあって野良にされた。この子にピノ子と名付けた。この瞬間も忘れられない。下手な猫絵ですみません(笑)ぜひみなさんも手帳に大切な人との瞬間の絵を書いてみてください。
つらくなったときに、迷ったときに、自分を支えてくれるシーンを思い出すことは何よりも力になる。そのシーンは風景や出来事であっても構わないが、日野原先生が「大切なある人」と最初に書いたのは意味がある。生きることの質を上げるのはいつも人だからだ。人は質を上げる人にもなれるし、下げる人にもなれる。出会ってよかったと一度でも言われたなら、人生は成功である。
今日は日野原氏の病院葬が青山で営まれたそうだが、彼の本をこれからもいくつか読んでゆこうと思う。
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