文章グルメ

山岡荘八の「徳川家康」第6巻を絶賛した手前、1巻から読もうと思って、図書館から借りた。ついでに2冊、歴史関連本を借りたのですが…

その2冊が「読めなかった」。どちらも1章で断念した。本が傷んでいるとか、アンダーラインがあって気分が悪いとか、印字が小さくて老眼に優しくないとかではない。1冊は作者のご見識に惹かれて選んだ。もう1冊はその作者のおすすめによって選んだ。検索して他本と比較した末に予約して借りたのです。だから期待していたのだが…

読めなかった理由は「文がまずい」からである。食えなかったわけです。

どちらもタイトルは挙げないけれど、1冊目は起業を成功させて、教養人としても著名な方の「歴史語り本」である。人類の歴史5000年を振り返って、フィルターにかかっていない事実を掘り下げて、その意味するほんとうのことを語っていく、という内容である。この方の講演やインタビューはすごく参考になるので、彼の歴史教養の集大成ともいうべき本を、わくわくして読み出した。

ところが読みだすと…つまらない。ご見識の単なる羅列になっている。一つ一つ考えて読めば「なるほど」もあるが、なにせ眠くなる。ただ著者の言葉を書きつらねているだけなのだ。なぜ?と思えば、本書は著者の語りをライターが書き起こしたものだった。あの面白い語りをここまで下手な文にしたのか…!と唖然。

僕なら100年ごとに物語をポンポンと入れていく、その中にこの方のご見識を埋め込んで読ませるように書きたい。本書はほんとは購入を考えたが、予想外に古本の出品があちこち多いので「?」と思った。で、まず借りてみようと思ったわけだが、読者は正しい。手元に残したい話もこの文ではねえ…。

もう一冊は、この方が明治維新のキーマンとして語っていた阿部正弘の本である。幕末の筆頭老中として黒船ペリー提督と渡り合って、日本の開国に大業績を残した。「開国、富国、強兵」の三つを実現したこの人物を知りたいと思って借りた本は、ある企業経営者が著した評伝である。

よほど書きたかったのだろうな…と好感をもって読み出したが、その人物の幼少期まではいい。ところがその後は学業、出世、結婚、再婚、病気、死去と話がぶつ切りで並べて書かれている。そのあとでペリー提督との話になるようだが、ぶつ切りに書かれているせいで、頭の中でつながっていかず、読めなかった。

なぜ彼は再婚したか、なぜ側室に美女をいただいたか、そういう人となりと仕事ぶり、謙虚な姿勢、開国への思想、人の動かし方、出世意欲などは渾然一体で描かないと、人物が見えてこないし伝わらない。人の仕事は、プライベートも含めてすべてが関わり合って成し遂げるもの。それが人の仕事である。偉人であればなおさらそうだ。だから全てを織り交ぜて書いていかないと本質が見えない。それは文の技術的にはむつかしいが、そう書くしかない。失礼ですが、文はアマチュアでした。

文を書くのは誰にでもできるが、誰でもうまく書けるわけではない。

素材が美味しいのが一番だが、素材の良さを知るのは経験と五感がいる。読ませるレシピももちろんある。コースを考えるように構成を考え抜く。あったかいものはあったかく、冷たいものは冷たくして、供する。隠し味もある。隠す、というくらいだから、行間に埋め込んで見えないようにする。食後のさっぱり感、満足感の仕上げも非常に大切である。

すべてを考えて書くからたいへんなのです。その点、「徳川家康」第1巻の出だしは名文である。

武田信玄は二十一歳。
上杉謙信は十二歳。
織田信長は八歳。
後の平民太閤、豊臣秀吉はしなびた垢面(こうめん)の六歳の小童だった。

信長と信玄は13も離れていたのか、秀吉とは2つ違いか…などと物語を予兆させ、夢想が広がる書き出し、見事なり。こちらは買うことにします(^^)


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