殺すものは殺される。生かすものは生かされる。

人生には戦国時代もあれば、和平の時代もある。そうでなければ人間は成長しない。それが山岡荘八の「徳川家康」第6巻燃える土の巻の教えである。

あるワケがあって本書を読む必要に迫られた。図書館で借りてきたのだが、もしも亡父の蔵書を整理しなければ全巻が手元にあったはず。当時は「歴史小説なんて…」と思ったし、兄がバカバカ父の本を捨てるし、うっちゃってしまったのだ。今になって本書の奥深さを知る馬鹿息子を許せ父……

ということで、まだ1巻の読書なので全体を通してのメッセージかどうかわからないが、武田信玄が死去して、その子勝頼が戦に出る頃を描いた第6巻を貫くメッセージは、次の一行である。

殺すものは殺される。生かすものは生かされる。

このセリフは徳川家康が語ったもの。どんなシーンで放たれたか。

武田信玄の子、武田勝頼は思慮が浅く、ただ強がりであるために、罪の無い女まで感情に任せて処刑してしまう。それを知って、その女の妹を生かそう、自分の子の嫁にしようと考えたのが家康である。生かせば世間は勝頼と自分を比較して、家康の評価が上がるだろうと最初は考えた。だがそれは違うと思い直した。それを側室の愛に語るシーンである。

「お愛、わしはな、ようやく一つの悟りを得たぞ」
「どのような悟りでございます」
「殺すものは殺される。生かすものは生かされる」
「まあ……」
「勝頼はおふう(姉)を殺した。わしは妹を生かそう…(中略)しかし、この考えは、われながら浅ましいことであったと気がついた。一にも策、二にも策では情けない。行うことのすべてが天意にかなわねば、いつか策に倒されよう」

家康はそう反省して、策する考えを捨てた。ただその女が我が息子にふさわしい女であれば、二人を夫婦にしよう、ふさわしくなければやめにしよう、としたという(山岡荘八歴史文庫 P323-325)。

この後は歴史が証明している。殺すもの=勝頼はやがて戦に敗れ、生かすもの=家康は、江戸という太平の世を創ることができた。これは結果論ではなく、人間性が引き寄せた運命である。

勝頼は偉大なる父信玄と事あるごとに比べられ、コンプレックスを募らせていた。父のような頭脳も読みもなく、優しさもない。あるのはただ荒い気性、突き進む武勇だけ。つまり勝頼は弱い人である。しかも弱いことを自分で認められない。認める代わりにどんどん強がるしかできない。ひたすら殺す者と化した。殺せば殺すほど自分が殺されることに気づけなかった。

かたや家康はどうだろう。実に人間臭く書かれている。自分の夫婦生活が破綻して、正室の築山御前とは顔も合わせられない。その子徳川信康も大した器量がない。そこで側女にどうしたものかな…と呟く日々。自分は弱い、情けないなあとため息をつく。しかしだから強いのである。だからやたら戦をして領民を疲弊させず、税も低くして人民に優しくなれたのだ。

このセリフをより深く描こうと、山岡荘八氏は織田信長にも豊臣秀吉にも似たセリフを吐かせている。

浅井長政との合戦の折、秀吉に命じて救い出したお市の方(浅井長政の正室)と信長は再会した。我が妹が死を免れて喜んでいるかと思いきや、夫長政と共に死ねばよかった、僧籍に入りますと兄信長に言い放つ。

お市の方「私は弱い女ですから」
信長「それ……その、弱さが強いのだ。弱い奴が強いということは、たまらなく腹が立つものだ」(同P207)

信長には弱さを認める者の覚悟の強さがわかっていた。そして秀吉にも同じセリフを語らせる。信長は妹の心模様を心配して、秀吉にどう思うかと訊いた。秀吉の返答がこうである。

「恐れながら殺す者は殺されると、まあ、坊主臭い皮肉を殿に投げかけたいのでござりましょう」(同P146)

山岡荘八が描いた戦国時代とは単なる合戦模様ではない。それは人はどう変われるか、どう成長できるか、どう没落するかという人間哲学なのである。

栄光を求めて競争を挑み続け、勝ち名乗りをあげる。トップになれば道は開けるが、トップはたった一人。負ける者の方が断然多い。そこではまず自分が何でトップになれるか見極めることが大事である。さらにトップになれない自分を認められることが、もっと大事である。それを認めないと人間は変われないからだ。自分がどんな人間がわからないことが人生を左右するのである。

山岡荘八氏は、戦国時代という舞台の人びとを使って人間心理をそこに込めた。だからこそ「徳川家康」は不滅なのである。草葉の陰の父よ!ごめんなさい!全26巻、読みますから(^^;)どうぞお許しください!

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