AIに置き換わられる人になりますか?

自分の仕事がAIに置き換えられるかどうか考えると、もっと重要なことが見えてくる。

「AI vs. 人間」と銘打って601職種がどれだけロボットに代替されるか調べたのが、英国連合王国のオックスフォード大学と野村研究所(2014ー15年時点)の研究である。朝日新聞の記事で「オレの仕事もそうか……」と心配したり、苦笑したりしてしまった。ランキングをざっくり見ていこう。

1位「電車運転士」
1位「経理事務員」
3位「レジ係」
3位「路線バス運転者」

今AIになると話題が集まるのは電車運転士である。すでにゆりかもめなど自動運転は始まっている。道路の自動運転はバスから始まる。経理事務員もすでにソフトウエアが代替し、社員直接入力で済むようになった。レジも無人化は進んでいる。

17位「郵便外務員」
40位「新聞配達員」

郵便外務員はドローンになるかロボになるか。今クロネコヤマトがやっているPUDOステーションへの搬送から始まるだろう。新聞配達員はロボットやドローンもいらなくなって、電子だけになるのは時間の問題だ。

110位「秘書」
154位「原子力技術者」
168位「公認会計士」

政策秘書はパワハラを受け止める役割もあるし、美人秘書は寵愛?を受け止める役割もある。先ごろ東海村でまた放射能漏れ事故があったが、原子力技術者は早く置き換えてね。公認会計士という仕事は疑問が多い。そもそも雇われてるのにその企業を指摘するのは自己矛盾である。カルロス•ゴーン事件でも彼らは何をしてたのだろう?

342位「レコード店員」まだお店があるのか?
417位「デパート店員」デパートもなくなるし…
407位「アニメーター」疲弊しきる前に…
431位「宗教家」ロボット信仰とは何なのだろう…
475位「喫茶店店主」

喫茶店店主……コンビニでは機械がお茶を注ぎ、道路には自販機がある。一方カフェにはポニーテールのクルーがいる。要するに「お茶に求めるもの」が違う。喉の渇きならロボットでOK、心の渇きなら人でないとだめ。

459位「エッセイスト」
464位「小説家」「絵本作家」「新聞記者」
479位「雑誌記者」
525位「シナリオライター」
537位「スポーツライター」
553位「雑誌編集者」「放送記者」

僕のする文筆業に近いものはけっこう「置き換えられない」。ホッと胸をなでおろしますか?いやいや、これらの仕事が下位にあるのは「収入が少ない職業」であり、代替する(AIやロボットを開発投資する)価値が低いのである。

518位「声楽家」「ミュージシャン」「クラシック演奏家」

しかしサンプリングミュージックなどすでにAIっぽい音楽はある。一方、この順位は、音楽は「正確に弾けばいい」というわけではないことを語っている。人には感情というムラがあるのだ。その感情がメロディで人に伝わるのだ。そこに価値があるという順位であろう。

563位「経営コンサルタント」
579位「中小企業診断士」

弁解無用、どちらも「不要」だから下位にある。では医師はどうか?

525位「産婦人科医」
537位「内科医」
579位「外科医」
579位「小児科医」
598位「精神科医」

医療でAIに代替されるのは画像診断からと言われる。中国あたりでは相当進んでおり、薬物の効能評価予測を含めて内科に及ぶ。外科はda VinciというロボットがいっぱいあるようにどんどんAI化が進む。この表の最下位は「精神科医」である。残されるものは「心」なのである

産業革命では手工業の職人がいなくなった。皮職人、冶金職人、木工職人らの彼らはどうしたのか?もちろん工場に行ったのだ。そのノウハウを出したらお払い箱である。残ったのは名工と呼ばれる文化遺産的な名人だけである。そして農村から都市へ、産業革命から発生した仕事を求めて大量の人が流入し、長時間労働と心の疲れで疲弊してきた。

AI革命でもこれと同じことが起きる。歴史は繰り返す。

産業革命が「手に職を持つ人」から職を奪ったように、AI革命では「知識や経験を持つ人」から職を奪っていく。AIオペレーターという仕事がどんどんできる。自販機に飲料を充填する仕事をオペレーターというが、AIのお守りをするオペレーター仕事がいっぱいできるわけだ。そして、再び人は疲弊するのだ。

AIから逃れるにはどうすればいいのか?この表に答えがある。「医師になること」。それも「心の医師」である。

疲弊された人を癒し、生きがい探しの助けをする精神医療がますます大切になる。僕は生まれ変わったら精神科医になろう。今のような診察室のカウンセリングではなく、森の中で診療所を開いて、患者を滞在させて治療する。スポーツや手作り、料理や音楽で患者を癒すのだ。「心の医療コミュニティ」をつくりたい。

しかしそれは夢である。不確実な夢やAIの未来を予想するよりも大切なことがある。それは「今、自分はどうするのか?」。結局そこだ。僕は人を癒す文を書いて死んでいきたい、と思っております。

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