インタビューのテープ起こしがほぼ終わり、果物でも食べようかと思った。出かけるのも面倒なので、代わりに文でも食べようと思って青空文庫を探すと一編見つけた。『梨の実』という話である。以下その要約。
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近所の天神さまでお祭りがあった。境内には飴屋もつぼ焼屋も膏薬売りもいた。猿芝居やろくろ首、山男もいた。裏手の空き地に人だかりがあった。筆者は六つか七つ、乳母の背中に背負われて首を伸ばすと、人だかりの真ん中に爺さんがいた。爺さんは大江山の鬼も酢味噌にするし、足柄山の熊も汁にしてみせる、何かお望みがないかと啖呵をきった。すると見物人が言った。
「梨の実を取ってこい」
爺さんは、この寒空のどこに梨があるとお思いかと、ブツブツ言って困った顔をした。そのうち閃いた。天国のお庭の梨の実を盗んで参ります、孫を使いに出しましょうと言うと、紐を取り出して空に向かって投じた。紐は落ちてこずに、するすると空の上まで登っていった。そして孫に登れと命じると、孫は泣き出して神様に怒られるとイヤイヤと言った。無理やりに登らせると、するすると見えなくなった。やがて一つ、大きな梨が落ちてきた。村人たちがびっくりすると、次には頭が落ちてきた。孫の頭である。そして手が、足がばらばらと落ちて、最後には胴体が落ちてきた。
「ああ、可哀そうに。可哀そうに」
これは神様のしわざだ、酷たらしい姿になってと爺さんは泣きながら、頭手足胴体を木箱に詰めて蓋を閉めた。これから山で葬いをするのでどうか費用をお恵みくださいと言うと、村人たちは有り金すべて爺さんに差し出した。爺さんはお辞儀をして、木箱をコンコンと叩いた。
「坊主。早く出て来て、お客様方にお礼を申し上げないか」
孫はすっと木箱から出て来て、ニコリと笑ってお辞儀をした。二人とも人混みにまぎれて消えていった。
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さて、文は読んだが空(くう)は食えない、梨でも買いにゆくかと外に出ると、どんよりとした空から、鮮やかな色の手提げ袋がするすると下りてきた。なんだろうと袋をつかむと、空から紐が手の平に落ちた。紐の先は袋の中にある。引っ張ってみると大きな梨が付いてきた。びっくりしました。次の画像がその証拠である。
実は私の住んでいる地域は梨の産地である。少し歩けば梨園や直売処が至る所にある。親切な梨園主がカラスに命じて袋をくわえさせて、喉がカラカラになるまで思いつめていた私にお見舞いをくださったのだろう。あるいは地域の顔役である瓢箪屋の主人が、花咲じじいのように梨を振舞っているのかもしれない。何にしろ頬張った梨は、ジューシーで旨かった。どうもありがとう。あまりに旨かったので、西の空に向かってお辞儀をした。この梨のようなみずみずしい人になりたい。しゃばしゃばとさっぱりした人間になりたい。
すると、空からは恵みの雨が降ってきた。ひと雨ごとに秋になるのだ。ひと雨ごとに私は洗われるのだ。
猫は梨を食べませんね…
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