『ガン回廊の朝』は続いているだろうか?

ずいぶん前に読んで、引っ越しで処分した本だ…と思っていたら、確かに処分はしたが、読んだのは4年前だった。ネットを検索をすると私が書いた読書感想文のブログが上位に来たのでわかった。ボケたもんです。本とは柳田邦男の『ガン回廊の朝』ある。

仕事で必要に迫られて、猫に椅子の座を奪われつつ再読をしている。やっぱり面白い。舞台は発足間もない国立がんセンターである。前半の盛り上がりは〝東大の植民地(教授がアマ下るという意味)〟と揶揄された千葉大学で、白壁彦夫と市川平三郎らが開発したガンの画期的なX線診断法、二重造影法である。昭和30年、日本の三本指の一角、外科の権威の河合直次教授と白壁氏の対決。まだこの診断法は信頼を得るまでには至らなかった。診断より切ってなんぼの頃だった。しかし、ここのくだりは何度読んでも胸がすく。

白壁は二重造影法で患者を早期胃がんと診断した。手術が始まり河合教授が腹腔を切り、〝ゴールドフィンガー〟と呼ばれた指を入れて探る。だがガンが触れない。
「無いよ君、困ったな」と教授は言う。
「でもお願いします」と白壁が言う。
「ないのに切ったら責任は外科にくるんだぞ」
「でも、お願いします」
 教授は呆れて言った。
「では君が触ってみたまえ」
「いや結構です」
「じゃ綴じるよ」
「先生、切ってください」
 開腹された患者を真ん中に、無言で両者がにらみあう時間が刻々と過ぎてゆく。
「なあ白壁君、いいだろう」
 白壁は無言である。
「なあいいだろう」
 無言のままである。
「なあいいだろう」
 ついに教授が折れて執刀した。術後、切除した胃の内側に病変が見つかった。早期ガンだった。教授は言った。
「白壁君、これは貴重な標本だ。大事にしたまえ」

その後、国立がんセンターに移籍した市川も、白壁と同じように権威たちと対峙する。病変がガンか潰瘍か、カンファレンスで議論が白熱し、市川が二重造影法を駆使して、議論に終止符を打つ。ガンの診断法では、このあとの章で坪井栄孝氏が肺がんの新しい診断技術〝坪井式末梢病巣擦過法〟を開発する。彼もまた熱い男だった。千住の金物細工師に通いつめて、世界を驚かせたガン診断器具を独自に開発した。実は目下の原稿に必要なのはこのあたりの話であり、改めて読んで坪井氏の人柄も確認できた。

しかし熱い。当時は人の熱意が国を動かした時代だった。

国立がんセンターが設立された昭和30年代は、ガンの死亡者が激増し、撲滅すべき国民的な課題であった。社会も高度成長期の入口で、日本に勢いがあった。だからこそ柳田邦男氏は熱い物語が書けたのではないだろうか。

いやもちろん今も熱い人はいる。いるのだがあまり見えないだけだ。見えないなら掘り出そうじゃないか。過去から現在、未来までつながる熱さを書くことで、人の役に立つことはできる。

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