今日は春節。中国でもベトナム(テトだね)でも、そして台湾でもお正月である。
cherryさんによれば中国人は春節に延々と餃子を食べる。そう言えば北京の庶民のゆく餃子屋に行ったら、水餃子ヒトヤマ出されてびっくりしたことがあった。ともあれぼくも今夜は餃子。臭い息を吐いて(失礼…^^:)餃子から教えてもらったことを書きたい。
まず焼き餃子は寄り合うものだ。
もっとも解凍ゆえでもあるが、大抵、皮と皮を寄せてこんがり焼くものだ。付いて離れず、蒸されて結束を固める。焼かれるも食べられるも一緒。これが本来のチームである。
ところが餃子はいろんなものが一緒くただ。
cherryさんがニラも葱も入れない一方、ぼくはどちらかを必ず入れる。キャベツも白菜も塩もみしてシャキシャキを残すが、ぼくもキャベツはナマだが白菜は湯がいて絞る。卵を入れるのは邪道、イッツ•ハンバーグと言われた。
餃子はまさに組織である。
個性いろいろは褒め言葉。実際にはバラバラになるのを、片栗粉社員が必死に食い止めているだけかもしれない。現にそんな組織がある。まるでニラのようにはびこり、匂いを放って和を乱すいじめッ子社員がいる。逆に生姜として組織を締めるポジションにありながら、匂いも味もモヌケの殻のリーダーもいる。煮ても焼いても食えないとはよく言ったものだ。
もうわかったはずだ。一番良い組織とはがっちり焼かれた餃子である。個性もあるが相性がいい。スパイスも効いている。素材同士のシンフォニーがある。ひとつのフライパンの中で一緒にがんばろーぜがある。「躊躇せずに助け合えるチーム」をつくろう。
すなわち餃子は台湾でもある。
大地震で困っている人がいる。そこで2016年2月11日の『被災地支援のぐるっとブレスレットワークショップ』では、参加費を台湾に寄付することにした。春節なのに命がけの人がいるのだから、餃子のように助け合いたいじゃないか。
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