『外科医の誕生』は1975年発行の翻訳本で、原著はもっと前だろう。医大を卒業したノレン医師がインターンとなり、レジデントとなり、「卒業」していくまでの体験が、きわめてビビッドに描かれている。
ノレン医師は、ホームレスや貧困者が来る救貧院のような病院に、卒後の進路候補として面接に来た。面接した医師は今にもぶっ倒れそうなくたびれた男だった。君はここを選ばないと思うが、選んだら変わり者だといった。ノレン医師は1ヶ月悩んでこの病院に決めた。自分が医師をするのはこのベルビュウ市立病院しかないと確信した。
着任すると採血や止血を学び、盲腸の手術で血みどろになった。警官に殴られた裂傷を縫った。麻薬患者の膿瘍を治療した。金持ちの患者はいない。
48時間連続勤務のくだり。木曜日の朝8時から土曜の朝8時までぶっ通しで働いた。整形外科のローテーション研修で、骨折治療の手術や、X線撮影、牽引やギプス交換に忙殺された。合間にきた救急では頭部外傷や裂傷処置もした。疲れ果てたときに、救急室から処置依頼の電話が鳴った。受話器をとったノレン医師は、突然ヒステリックにゲラゲラと笑いだした。いっしょにいたアシスタントもゲラゲラ笑った。アシスタントも3時間しか寝ていなかった。疲労の極限にいた。
ほんとうの教育のことも書かれている。
本来は助手として立つはずだった手術に、執刀医の指導医は「わざと」遅れてきた。やってきたのは手術が1時間以上過ぎたときだ。
「いやあごめんごめん、道が混んでいてね。どこまで手術進んだ?」
ノレン医師は胸腔を開き、食道を遊離して神経を切るところだった。迷走神経を切って胃潰瘍の再発を抑える、この手術のクライマックスだ。指導医はそれをのぞきこんで「みごとだ。これなら私が手伝う必要はないね。私は別の手術があるから」というと去って行った。ノレン医師に自信をつけさせるため、最初から「わざと」遅れてきたのだ。
マイケル•クライトンの『ER』は本書を参考にしたに違いない。ひよっこの成長、苦悩と喜び、師匠と弟子、偽りや虚栄、生と死。医療人ドラマのすべてがある。私のバイブルだ。50年以上昔の話だが今も事情は変わらない。もう一つのバイブル、トールワルドの『外科の夜明け』と本書には普遍性がある。いつの時代も変わらない人の行動や感情である。人を描く限り普遍性を描きたい。それが残るものになる。
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