3.11から10年

3.11からもうすぐ丸10年。2月13日の福島県沖大地震は、東日本大地震を忘れるなという地の底からの声だった。

あの日から10年、震災のことを考え、震災を忘れつつ過ぎたような気がする。

発生直後はだれもが大小さまざまできる支援をした。ぼくもやったが、結んだ紐が時の経過とともに解かれるように、だんだんと離れていった。今も東北で支援を続ける人はすごい。なにかしら当事者意識がないと続かない。ただ忘れては思い出し、やがて忘れるのが自然だとも思う。

あのとき思ったことはいろいろあるが、強く思ったのは、自分自身や社会に向き合って、ちゃんと生きねばならないということだった。何がちゃんとか。芽が出ない仕事や冷たい結婚生活をちゃんとして、真にやりたいことをちゃんとやる。そうできたかといえば、まだ実践半ば、思い半ばである。

だからこそ、震災の日々を忘れては思い出す。あの時こう考えたじゃないか、それがまだできてないじゃないか、今日からやり直そうと、思い直し、高め直すきっかけにしたい。人助けは、その起点にあるか、あるいは延長線上でできればいい、と凡俗の私は思う。

だが震災でスーパーな活躍をした人は凡俗とはちがう。

震災から石巻市を救った石巻赤十字病院の石井正医師(当時の所属、現東北大学教授)は、医療者やDMAT、ボランティアら数千の救助者を動かす群像劇の舞台監督であった。今も次の震災に備えて、各地を行脚して体験を語り、災害時のマネージを伝える。東北地方のコロナ患者の救済も最前線でしている。

山口芳裕医師(杏林大学付属病院高度救命救急センター長)は、福島第1原子力発電所の事故にかけつけて身体を張った。専門家が「水素爆発は起こらない」「メルトダウンはまだ起きていない」と述べたが、どちらも起きた。今、コロナで政府の方針に忖度する専門家を指して、矜恃があるのか?と問う。専門家はハードボイルドでなければならない。

ドクターズマガジン本号(東日本大震災特集号)の石井氏の記事は郷が執筆した。山口氏の熱いコラムも掲載されている。3.11を忘れてもいい。だが忘れかけたら思い出して、何かしらやり直し、高めたい。


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