読書には妖しき魔力がある

読書は人に影響を与える。とりわけ若い時の読書は「進路」に影響する。この一冊はどうだろう。「どくとるマンボウ青春記」。

どくとるマンボウシリーズは、数ヶ月前に「どくとるマンボウ医局記」を読んで、すべて読んだが、原点となるのは「青春記」と「航海記」である。この2冊だけは離婚して引っ越してしても捨てなかった。

先日、ある方が「青春記」を読んで進路を決めたと聞いたので、本棚から汚れた文庫本を取り出して再読してみた。カバーは当時の北杜夫高校生の学帽のように汚れていた。

ある方とは高名な医師であり、本書を読んだことが医師の道へ進むことのひとつのきっかけになったいう(別のきっかけもある)。はて、どこを読んで決めたのだろうか?ということまでは聞かなかった。聞いてもしゃあないと思ったからだが、僕はそれを推理して、探しながら、再読してやろうと思ったのだ。そのくらいの賭けがないと、せっかくの原稿がダイナミックにならないのだ。それがわかるかわからないか、心の中での医師との格闘なのである。

といいつつ、そんなことはスッカリ忘れてゲラゲラ笑いながら本書を読んでいった。

昭和21年3月、戦後の落ち着きをすこしずつ取り戻した頃、旧制松本高校が再開した。新しくつくられた南松本の新寮にやってきた北青年らは、新入生をいじめてやろうと思っていたが、戦後のドサクサで秋からの入寮だという。しかたない、同級生だけでの寮生活を始めるか。そのころのことを書いた「教師からして変である」あたりから、ユーモアに馬力がかかってくる。

新寮ーつまり西寮には風呂はあった。だが金属棒で温める電気風呂で入ると体が痺れるという。下着は1ヶ月も2ヶ月も変えない、ようやく洗おうと水に浸けてシャボンを塗ると、水が異様な色になったので、シャボンを入れて1日ほっておくと翌日洗面器の水が下着と共にガリガチに凍っていて、仕方ない、春まで待つか…とほっておいたら、洗面器ごとどこかに消えてしまった。

発音にうるさい英語の先生の話で、dangerousをダンゴラスと読む生徒がおったり、英語の先生はボケてて「この前はどこまでやったかな」といつも聞くので、生徒が「10ページまでです」といつも答える。だから11ページが永遠に続いた。若い新任の先生の講義を「やめまっしょ!」と信州弁で脅して辞めさせたとか、乞食姿の数学の先生ヒルさんの講義は「やりまっしょ!」とはやしたてた。ヒルさんは腹芸が得意で、お腹に置いた皿を飛ばしたとか、家がなくて弓道場に住んでいたとか…とにかく笑わせてくれる。

そして当時、北杜夫氏はすでに文学に目覚めていた。父の俳人斎藤茂吉の句を読んで、そのパトスに驚愕し、俳句も作っていた。小説を書きなぐっては懸賞に応募して落選していた。当時もっとも感動した小説は夏目漱石の『三四郎』で、日記に感想として「実に見事だ」「おれより上手くて困る」と書いた。それなのに学校で書かされる「調査票」の自己欠点の欄には、正直に「自分には文学的素養がない…」と書いていた。うまく書けなくて悩んでいたのだ。そして、そのあとの一文がいい。

これもやはり高等学校のもたらす妖しき魔力であろうか。

この一文がストーンときた。これですべてわかった。松本南寮の生活や勉強、進路の希望、とりまくひとびと、信州の美しい自然がいっしょくたになり、妖しい魅力となってふくらんだのだ。青春の膀胱、いや違った彷徨(笑)がひとつの流れをつくって、彼を押し流していった。流れの中で北氏は文学に軸足を置きつつ、医学部に進学したのであった。

青春記を読んだ高名な医師は、北氏と同じく寮生活もしていたので、北氏と同じ気持ちを抱いたのだろう。青春のいろんな要素が彼の中に入ってきて、彼を押していったのだ。彼はとても優秀な人なので、「世界でどう生きるか?」を考える風で、学ランをふくらませた。どう切磋琢磨するか方法論を得た。抜きん出た人になろうとした。だが彼には義理も人情もあった。医師の場合は、医学部が主で文章は従であったが、どっちにせよ同じことだ。高校の寮には魔力があったのだ。

そして、読書には妖しき魔力がある。僕もそれにたぶらかされた。

ぼくは、アルチュール•ランボォや中原中也の詩に、ばかみたいに魅せられた。それでちっとも才能がないのに、文章を書くことを真に受けたので、そのあとの人生が狂ってしまった。だがいいわけはすまい。後悔もすまい。愚痴もいうまい。自分は自分である。舌打ちをしているかもしれない、あなたもあなたである。

だがひとつだけ、真理がある。読書にはどう生きるか決める力がある。ネットなぞ閉じて、本を開こう。

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