語彙の硬さにとっつきにくいが、辛抱して長い「序章」を読みこなすと、何をいわんとしているかわかってくる。女に生まれ、男となったスペイン人の著者ポール•B.プレシアドの『あなたがたに話す私はモンスター』は、作家で活動家の著者が3500人のフロイト学派の精神分析医に行った講演記録であり、性差をバイナリー(男か女か)でしか見れない人々への挑戦状である。
プレシアドは、男たちが家父長制の社会体制を構築し、植民地主義的な「男が支配する社会」を維持してきたことを指摘し、異性愛だけが正しく、多様性を圧殺し、男と女の支配構造を定着させてきたという。さらに精神分析医の聴衆に向かって、異性愛を重視し、男の子が母を愛し父を憎み、女の子がその逆となるオイディプス•コンプレックスをベースにするフロイトの精神分析が、「男の欲望から見た精神分析論」にすぎないと糾弾した。それを聞いて怒った精神分析医たちがヤジったせいで、講演会は中断した。
だがプレシアドは、トランスジェンダーは、あなたがたの家父長的かつ植民地主義の世界から見ると、怪物ですね、とけしかけるのだ。
私はあなたがたに話すモンスターです。あなたがたがご自身の言説と診療実践によって作り上げた怪物です。本書P14
奇妙で滑稽な怪物であるトランスジェンダーは、精神分析医の診察室のベッドから起き上がり、語り出し、戦いを始めるー宣戦布告である。プレシアドは中断された講演を、改めて書籍にして世界に頒布したのだ。
そしてもちろんトランスはモンスターではない。プレシアドは「出口を探している存在」だという。実際、WHOからしてこう声明を出している。
「 男女として類型的に描かれたジェンダーは、文化と時代によって変化する社会的な構築物である」。P88
つまり、性差と呼んでいるものは、ある意図をもった政治的建築物にすぎない。ジェンダーは時の文化が作りあげた社会ルールにすぎない。だからこそ社会パラダイムを変えよという。これは非常に同感。わたしが執筆中の江戸時代のトランスジェンダーの話の背骨は、家父長制でありイエの継続である。欧州にわたしと同じ考えの人がいたことに感激した。
さて、プレシアド自身は怪物なのか?彼女(元の名はベアトリス)は、性違和を感じて引きこもりになり、読書による理論武装の末博士号をとり、やがて男性になった。性差に左右されない存在になるため、自身を男でも女でもない「ノンバイナリーである」という。
わたしも自分がノンバイナリーだと感じることはあるが、むしろジジイとババアの中間の「ジーバ(Zeeba)」である(^^)。女らしくなりたいと願うのは、プレシアドよりも軟弱であるがそれがどうしたっていうの。
本書は家父長制的ー植民地主義的暴力の社会を、ジェンダー認識を改めるため、トランスジェンダーたちに「動き出せ」と檄を飛ばしている。ジーバもそれに呼応したい。出口への闘争を始めよう!
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