数日前のジェンダークリニックでのことである。路地奥のクリニックのドアに手をかけると、ガラスドアの向こうに「派手な女」がいるのに気づいた。黄色い柄物のワンピースである。失礼だがカーテンのようだと思った。背も高くガタイもいい。金髪と銀髪の間の色の長髪を、ポニーテールに縛っている。
mtf(男から女になる=Male to Female)である。胸騒ぎがしたので、私は少し間をあけて2Fのクリニックに入った。案の定、そのワンピースがスマフォで四苦八苦して大騒ぎしていた。クリニックでは予約と受付は「デジスマ診察券」というアプリでやる。
「わからなーい」
受付の操作法がわからないらしい。私は優しく、ここ押して、二次元バーコードを読んで、と教えた。そのあとは支払い手段の選択だが、またわからないという。また教えるとー
「できたわありがとう」
「どういたしまして」
私は笑いをこらえるので必死だった。ワンピースは大きなからだを扇子であおいで、暑い暑いといいつつ、スタッフに勝手に話しかける。このドレスね膨らんでるでしょ、あたしね妊娠してるのーっていうの。いやいや太ってるだけです、とは言えない。しかし妙なほど足首が細いのが羨ましかった。独り言は続く。あたしね彼氏(相手は男らしい)からお金を借りてね、5000円ずつ毎月返しているの、数日前飲み会があってさー、トランス同士でこんな嫉妬があってさー、どうでもいいことを大きな声で話すので、私は思った。
彼女はコメディだ。それも独り芝居であるー
ワンピースの声は、診察室に入っても漏れてきた。どうやらホルモン注射を受けている。私と同じである。その時である。別のトランスジェンダーが来院してきた。すんなりとスマフォのチェックインをして、こう言った。
「抜糸に来ました」
抜糸か…さては私と同じ喉仏切除か?と思えば、喉に絆創膏はなかった。とすると…胸である。平らな胸の彼はショートカットで、男ぽかった。ftm(女から男になる=Female to Male)で、乳房切除の手術を受けたのだろう。
さっきのmtfのワンピースのような素っ頓狂とは正反対で、物静かで、寡黙な感じだった。何か重たいものをひきずっているかに思えた。あるftmの書いた書籍を読んだことがあるが、胸のオペの失敗で訴訟したというドキュメントであった。暗くて最後まで読み通せなかった。
もちろんワンピースの能天気の裏にも、何かしら深刻劇があるかもしれない。だが女になりたい男は、自分の胸を大きく見せたくて「盛りブラ」を着る。一方、男になろうとする女は、自分の胸を潰したくて「ナベシャツ」を着る。ポジとネガ、この差は大きいのではないか。
全てのmtfとftmがそうだとは言わない。だがLGBTQのそれぞれが違うように、トランスジェンダーもさまざまなのである。ストレートには理解が及ばない世界であろう。だから誤解もされる。でも我々mtfはこう言う。
まあいっか。
能天気ですから。
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