意思決定ではなく「erosion」

トランスジェンダー作家Jennifer Boylanの自伝『She’s not there』を読んでいて、人がいかにトランスジェンダーとなるか、生々しい言葉に出会った。

Boylanは中年にさしかかる頃、どうしても自分の中にいる「女性」が抑え込めなかった。かといって妻のことは愛しているので途方に暮れて、ジェンダー専門の精神科医に通院した。だがそこで性同一性障害であるとお墨付きを得て、ついに内分泌医でホルモン補充療法を開始した。そんな日々における友人のRickとの会話である。Boylanは他には道がないと告白をする。Rickは君の意思決定(a decision)は仕方ないしそうなるもんだったんだと慰める。そこでBoylanはこう言った。

“It’s not a decision,” I said. “It’s just something that is. It’s more like an erosion than a decision.”
「それは意思決定というよりも」と私は言った。「そうじゃない何か。それは意思決定というよりも、そうなるしかない感じなんだ」
(本書P131)

このerosionという言葉に出会った時、「これだ!」と思った。この感覚こそ、私がトランスジェンダーから引っ張り出したいと思っていたひとことの例である。反対性になることは意思決定ではない。意図して「なると決める」のではなく、どうしてもなってしまう、そっちの方に行くしかなくなる、そういう感覚をこのerosionという単語が表現している。

だがこのerosionは訳しにくい。

「染み込んできた」と訳すとしよう。「反対の性がどこかからやってきて、自分を染めていった」という感じである。それもあるだろう。いやそうではなく、「侵蝕されて削り取られた」と訳すなら、何年もその性で生きてきたけれども、波が押し寄せては岩を少しずつ砕くように、その性を崩して「奥にある自分のなりたい性が出てきた」。

どちらが近いだろうか。多くのトランスジェンダーは「削り取られた」方だと思うのではないだろうか。いく年もかかって地の色が剥き出しになって、その色こそ自分の色だったと。いや染み込んできたというのもあるだろう。mtfなら女装をする機会があって、そこからどんどん染められていったと。もっと生々しく、胸や性器を取り去りたいという「削り取りたいという叫び」もあるかもしれない。

そこで拙訳では「なるしかない感じ」と訳してみた。日本語的にも間違っていないと思うが、いかがでしょうか?

私のトランスジェンダーの執筆テーマは「なるしかない」ことの奥にある人間の心理であり、医学的な生理であり、社会的な役割を知ることである。この3つの方向からトランスジェンダーの真実を追いつめていきたい。

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