オードリー•タンを知りたくなる本

2020年1月、台湾でマスク不足が始まった時、買い占めが始まった。それを憂いたコンピュータエンジニアの呉展瑋が、ボランティアで「コンビニ版マスクマップ」を作って2月2日にアップすると利用者が殺到した。翌日3日に台湾政府のデジタル政委(IT大臣)オードリー•タンがその存在を知り、全国版のマスクマップ構想を首相に提案したのが4日、数名のエンジニアと共に徹夜で「薬局版マスクマップ」を制作しリリースしたのが6日だった。2月6日から4月末まで1600万人が利用したアプリは、台湾のコロナウイルス感染者減に大いに役立った。

若い大臣(当時35歳)のオードリー•タン(唐鳳)とは何者なのか?タンのことを書いた他書よりも「人間性」が描かれているという本書『オードリー•タン 天才IT相7つの顔』を読んだ。彼(ではなくShe)はシビックハッカー(政府公開のデータを使って市民が使うアプリを開発するエンジニア)であり政策者でありデジタル大使でありソーシャルエンタープライズ(社会起業)の人であり、何よりも神童であった。

日本の読者向けの本書は、新聞社の記者である両親が、タンの天才ぶりに手を焼いたところからがおもしろい。IQ180の天才ゆえにどこでもなじめず、いじめにたくさんあい、幼稚園に3箇所、小学校に6箇所行った。教育を巡り夫婦は崩壊し、父は別居してドイツの大学院へ、母はタンを連れて学校探し、やがて小さな学校を作った。ある大学の教授は、タンにアイザック•アシモフの『ファウンデーションの彼方へ』を渡した。ある哲学教室の先生は、ひとになじめず手を打ち負かすばかりの小学3年生のタンに三つの討論を教えた。

1、批判的思考(Critical Thinking):なぜ自分がこう考えるのか、なぜ他人がそう考えるのかとその理由を考える。
2、ケア的思考(Care Thinking):討論の際に、他人がどう考えるかに配慮する。
3、創造的思考(Creative Thinking):もっと独創的な考えができるかどうかに踏み込み、自分らしいものを生み出す。(本書P69)

つまり「相手のことを考えなさい」というのだろう。父に反発し、学校に馴染めず、ひきこもりのタンという天才児を人となじませ、社会のために尽くす人材にするにはどうすればいいか、誰もが考えた。答えはタンが中学生の時に出した。

学校をやめたタンは、食料を背負って山の中の小屋にひとり閉じこもった。自分を自然の中に投じて、自分を宇宙に浮かばせ、宇宙を心の中に入れた。自分は誰?何をする人?どうしたら苦しみから逃れられる?ずっと考え続けた。その時、女性の声を聞いた。それではっとした。

もし、社会が自分を女性として認めるなら、今まであった辛いことは、もしかしたら自分の身に起きなかったかもしれない、と。よく知っているようでもあり、知らないようでもある、今まで抑えてきた感情に、今はきっぱりと向かい合うことができる。(本書P91)

それからしばらくのち、タンはトランスジェンダーとして「女性」となった。タンは身長180cm、服はイッセイミヤケのユニセックスなものを着る人で、女性的な身なりはしない。またどのようにどこまでトランスしているかまで書かれていない。私の想像だが、おそらくこう思ったのではないだろうか。

平和な方のジェンダーに自分を置けば、自分も楽になる。

本書がここをもっと掘り下げて書いてくれたら、もっとタンの根本に突き当たった。二人の執筆者(アイリス•チュウと鄭仲嵐)は両名とも記者なので、事実ベースの記述に止まり、外側から描き過ぎている。たとえばトランスジェンダーのカリッサ•サンボンマツ(構造生物学者、日本人の父をもつ人)を取り上げてタンと対比させているが、対比する理由がわからない。ただし、カリッサのTEDスピーチを見ると、実に興味深い方なので私は知りたくなったけれども。

巻末のタンの勧める本20冊も興味深い。そこから私はヴィトゲンシュタインを読み出しました。本書はオードリー•タンを知りたくなる良書、というところです。

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