独習の効果

学習では教科書や先生はありがたいものだが、世の中には独学•独習を好むひとがいる。

先日お話しを聴いた医師がまさに「独習の人」だった。その人は海外文献を読みまくり、手術ビデオを観まくり、技を築き上げた。方向を定めてくれた師はいたが、直接技を学ばなかった。その医師の分野で先駆者が乏しかったせいもあるが、それだけじゃなさそうに思えた。

そもそも独習とは面倒である。目標設定も、練習法も、道具や技も、すべて自分でやらねばならない。試行錯誤になるし、遠周りもする。行く手を阻む問題を解決していくのも自分の力だけ。だれにも聞けないし、教えることもできない。独習とは「この世の面倒を引き受けること」に思えてしまう。

その反対は、「通学」して「体系的な教育を受ける」。教科書通り進めて、先生の言うことを一つ一つ習得をしていく。こうやればこうなるという方法を伝授される。つまり、すでに問題解決された地点からのスタートである。ほとんどのひとは「通学教育」のもとで勉強をし、技を身につけてきた。

通学教育は時短で効率的だが、大きな欠点がある。問題に対する感受性が低くなることだ。うまくいかない…と壁に当たったとき、通学教育の人は何が問題なのかわからない。解決する思考も乏しい。一度失敗したり悪い点を取ると挫折しがちである。一方、独習の人にとって問題を捉え、乗り越えるのは日々のこと。だから挫折しにくい。

さらに独習の人は、その技や勉強を自分の行き方(=生き方)として捉えるようである。人生目標のひとつと感じて、それを習得することに意味づけをしていく。我が人生の一部だ、だからやり遂げたいと思う。だから継続もできる。一方通学教育の人はたいてい生計を立てる手段として学ぶ。生活できればいいなら、それ以外のことでもいい。だから継続しにくい。

もう一歩進めよう。医療分野で好例がある。内視鏡や腹腔鏡である。

口や肛門から挿入して検査や治療をし、あるいは腹部などにポータル(穴)を開けて小さい傷で手術をする道具である。1990年代から2000年代にかけて独習で会得した医師が多いが、この器具の歴史をたどると元は「検査用」だった。体の内側を外側から見たいという思いから開発されたのだ。だが器具を開発し、使用法を磨いていた医師達は、ある日成長を遂げた。

この道具は手術に使える!」と発想したのだ。検査から手術へー大きな飛躍である。独学独習だから発想できたのだと思う。独習は大変だが、以上のように様々なメリットがあるので、ぜひ今夜から独習を始めてください(^^)

スクロールが動かなくてお蔵入りだったロジクールのマウス。スクロールホイールの下部に溜まったゴミを除去したら使えるようになりました。ロジクールのホイール部の分解清掃は難しいが、私は「分解せずに清掃できる簡便な方法」を独自に編み出した。まさに「飛躍」でした…


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