ラガマッフィン(Ragamuffin)

ありのままの自分は浮浪児のような子供である。見捨てられ、ひとりぼっちで、とぼとぼと歩く。ひとに抵抗し、嘘をつき、逃げる。そういう自分でも「赦される」のだろうか?

シンガーソングライターのブランディ•カーライル(Brandi Carlile)が「迷いから脱出しよう」と読んだ本が『The Ragamuffin Gospel』(ブレナン•マニング著)である。キリスト教界から異端とされて、翻訳もない本書を読んだ。キリスト者でもない自分ゆえ、一読で真意がわかったとはいない。ただ、ありのままの自分に従おうとしている今の私には、ゴスペル(=福音)となった箇所がいくつもあった。

著者マニングはカソリックの聖職者で、戦争に従事し、諸国を放浪し、アルコール依存症と戦いながら本を書き出した。1990年に初版が出た本書のタイトル「Ragamuffin」は「ぼろを着た少年」「浮浪児」が原意であるが、二つの含意を感じた。

1、ありのままの汚れた自分
2、日曜日の教会へ着飾っていくのではなく、そのままの姿でいく。

God wanted me just as I am. I’m loved.(神はただ私が私であることを欲していた。私は愛されている)と著者はいう。本書の一貫した主張。ではどうやって「私が私である」自分になれるのか、今回はひとつのエピソードを紹介したい。

著者も参加したアルコール依存症の治療施設での体験である。そこにマックスという中年男性の参加者がいた。経営者として成功した、揺らぎのないタイプである。

参加者全員の集うなかで、セラピストのマーフィーがかれに聞いた。「豚のように飲むようになってどのくらいだね?」マックスはまともに答えない。「昼間にマーティニを2杯くらいだね」だが質問は執拗である。「夜はどうだ?」「もう2杯だけね」それはまったくの嘘で、実はマックスのガレージにはウォッカやジンやウイスキーがゴマンと隠されていた。浴びるように飲む飲酒癖が暴かれ、やがてキークェスチョンが投じられた。

「マックス、去年のクリスマスイブのことを吐きだせ」

答えないマックスをにらみつつ、マーフィは長距離電話をかけてマックスの妻を呼び出した。イブに何があったか聞いた。しばらく無言のあと、スピーカーフォンから、すすり泣きが聞こえてきた。妻は話し出した。

夫は9歳の娘を連れてクリスマスプレゼントを買いに行きました。良い靴を買ってもらって娘は大喜びでした。その帰り道、マックスはバーに寄ったのです。ほんの1-2杯のつもりだったのでしょう。真冬で寒いだろうからと車にエアコンを入れて…。しかし夫は前後不覚、時間の感覚を失うまで飲んだのです。真夜中に娘のことを思い出しました。車に行くとガス欠で暖房は止まり、娘は凍えていました。救急車で搬送された娘は、右手の親指と薬指を切断しました。そして耳は一生聞こえないと診断されました。

電話が切れると、マックスは椅子から転げて四つん這いになって号泣した。「吐き出せ!」とマーフィは迫った。だがマックスは泣くだけだ。「嘘つきは施設から去れ!治療中止!」とマーフィは突き放した。その日の午後だ。マックスは治療の再開を願い出た。それからしばらくして、恐るべきほどの人格変化があった。マックスは正直で、オープンで、誠実で、内省的な、好ましい人物になった。

マーフィの仕打ちは愛だった。その愛がマックスに勇気を与え、ありのままの自分を見る勇気を与えた。「神は救いを求める汚れたひとのそばに、つねにいる」のである。

ではもっと本書を深く読んでから、読後感をまとめます。


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