はてしない物語にさまよいこんで

シンガーソングライター、ブランディ•カーライル(Brandi Carlile)の自叙伝を読んでいたら、はてしない物語にさまよいこんだ。

というのも、ブランディはアルバム『By the way, I forgive you』の制作を開始するとき、共同プロデューサーとなるShooter Jenningsらと共にスタジオ入りした。二人は1980年前後生まれの同世代。仲がいいのだ。それをブランディは映画『ネバーエンディング•ストーリー』世代だから、と表現する。

そこで僕は、ミヒャエル•エンデの『はてしない物語』を読んでいないことに気づいた。そこでブランディの自伝を閉じて、図書館で『はてしない物語』を借りてきて600ページの本を読みだした。

はてしない物語は、主人公のデブで愚鈍な子が、本の世界にまぎれこんでいくファンタジーである。エンデの描いたファンタージエン(はてしない物語の舞台ー汚れた大人が子供の資質をとりもどせる国)は成長の階段、迷いからの脱出でもある。

ところでブランディは「アウリン」の大きなタトゥを両肩に入れている。アウリンとは、物語中に出てくる白い蛇と黒い蛇がお互いの尻尾を噛み合う図柄のペンダントで、これを首から下げたものはあらゆる望みがかなう力を授けられる。

望みとはなんだろう?

はてしない物語の主人公は、まず自分の容姿や才能のコンプレックスを解消する。別人になって万能の力を得ていく。だが望めば望むほど大人の汚さをまとい、自分を失っていく。多くのひとをも悲しませてしまう。

望むことは悪いことなのか?主人公が長い旅の果てに行きついたのは、もとの自分を愛することだった。自分を愛せるようになるにはどうすればいいか?

それは許すことだ。行いや言動、嘘をついたとか恩知らずとか悪行をした自分を許すことだ。

ブランディのアルバム『By the way, I forgive you』はどの曲もすごく良いが、その理由は、根底にあるテーマ“forgive”にある。罪を犯した人を許せるかどうか。許す相手は罪を犯した人だけでなく、「自分」でもある。人を許せない人は自分を許せない。自分を許せないと、けっして幸せにはなれない。自分を愛せることは、人を愛せることでもある。

ブランディがアウリンを両肩に刺青したのは、彼女が人間の世界から、ファンタージエンに行く(あるいはそこに留まる)と決めたからだろう。一線を越えて歌の世界に入ろうと決めたからだろう。自分を許し、歌を愛する。だから、彼女はオリジナリティある曲を作れる。

はてしない物語を1日半で読み終えて、またブランディの自叙伝を読み出した。すると、またしても別の世界にさまよいこんでしまった。今度は、ナイチンゲールの本や北里柴三郎の本を読み出すことになった。なぜだろうか?その理由はまた別の物語である。いつかまた、別のときにはなすことにしよう。

 

…By the way, ここまで書いたあと、『The Joke』がどう作られたかを読んで、息をのんだ。恋に落ちるように一聴で落ちたThe Joke。今また聴いて涙がこぼれてきた。ブランディの歌と出会えて僕は運が良かった。


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