日記に書くこと

僕がブログを書き始めたのは2006年6月30日。最初の数年は「毎日」書いていた。ブログの当初の目的は「仕事を良くするため」だった。内容はビジネスである。それでいつしか「仕事をもらう」ことになった。公開する日記が外向きになるのは当然だ。だがそれが重荷になることもあって、2011年を期に自分のことにシフトしていった。さらにここ2-3年は自分のことを書くのも重荷になってきた。

やめようかと思っていたが、気が変わったのはフランスの大作家の作品を読んでからだ。

ものすごく共感共鳴した。まるで彼は自分のようだ。自分の内側にあるものをいい当てられた。心の底にあるものがどんどん出てきた。そこで2冊、3冊と読み進めて、新たな原理を感じている。研究を始めたばかりなので、その作家のことはいずれまとめる。全集本に入っていた「月報」の一文が、僕の日記再興への引き金を引いた。

(ジュリアン)グリーンは『日記』の冒頭で、「できるだけ日記を規則的に書きつづけることにしたが、それはきっとぼくの内部をよりはっきり眺められるようにしてくれるだろう」と書いている。
(『ジュリアン•グリーン全集 月報 「日記のなかの作家の顔」辻邦生)

この一文は、その作家(ジュリアン•グリーン)の『日記』を評した作家辻邦生による。日記を書くことで思考が進められるという。それは作文をする人の本来の作業だ。「今日何があったか」よりも「今日何を考えたか」。僕もその日記にしようと思った。

グリーンは元は手書きの日記を出版(外向きに)する際、取捨選択、推敲再構成した。それを真似て僕も、夜ガバっと起きては日記を「コクヨの野帳」に書く。それをテキストにしてブログにする、という流れにした。自分に向かいあいながら、他のだれかにも意味があるように…。とは言え、さっきも考えたことではないブログを書いて「あちゃー!」と思って1本消したのは秘密だ。

粘っこく書いて生きる……


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