ブラックジャックにあるもの…

2021年2月号の「ドクターの肖像」で執筆する医師が『ブラックジャック』のファンだというので久々に読む。

天才外科医の物語を連載時にだいたい読んだと思っていたが、全集を開いてみると未読の話ばかりだ。物忘れか。ともかく感じたのは「テンポの良さ」と「主題にもっていくストーリーの巧みさ」。見開きページで一幕終わる腕もさすが。

そして物語は実に荒唐無稽である。

捕鯨船から落ちて鯨に飲まれた若者の話。捕獲した鯨の胃袋から、人の体が消化されずに出てくる。絶命しかけたところをちょうど近くの国にいたブラックジャックが救命する(「鯨に飲まれた男」)。助かりはしたが全身の形成外科手術で別人となり、しかも記憶をすっかりなくし、日本に帰国して帰宅しても母親がわからない。

また、穴に落ちて酸欠状態になって引き上げられた会社社長の脳死患者の話(「信号」)。植物状態なのにまわりにいる家族の遺産をめぐる争い会話や、会社の部下が自分に言う悪口を聞いては反応する。ブラックジャックは患者の暗号のような反応を解く。

こういう途方もない話ばかり。「漫画だからね」といえばそのとおり。だがこの荒唐無稽さは手塚治虫のメッセージなのではないか。

医師世界の汚さ、肩書の虚しさ、保身の醜さといった「汚れた人々」を「パロディー化して書いた」のは漫画だからだが、それは社会の現実でもある。人間社会が荒唐無稽なのだ。

悪口は人の性(さが)でもある。家出して捕鯨船に乗った若者は母親さえ忘れる。気をつけないと人はすぐに「人でなし」という荒唐無稽人間になってしまう。汚い社会に染まり、さまよって生きる。それが手塚治虫の放つメッセージのひとつだ。

もう一つのメッセージは「正義も荒唐無稽である」。ブラックジャックという無免許医で、ツギハギで、スーパー外科医で、金儲け主義で、しかし優しいというキャラクターは完全に荒唐無稽である。しかし正義とは荒唐無稽でないと貫けない。それが現実だと手塚はいう。


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