内的羅針盤

アメリカの孤絶の詩人、エミリ•ディキンスンの詩を訳していたら「内的羅針盤」という言葉に出会った。エミリの詩作の評論書『Dickinson』の著者Helen Vendlerが、エミリが殉教者を謳った詩の解説で「internal compass」という用語を使っていた。その訳語である。

内的羅針盤は殉教者が持ち、信仰のために死ぬ方角を指す針がある。そのことを謳ったのが次の詩である。この詩のテーマは殉教である。

苦難への直通の道中
殉教者は歩調を合わせた
その足は誘惑を潰し
その顔は神を仰いだ

厳かなる懺悔を分かちあい
神の畏れに震えあい
流れる星のように罪なく
我らの星で契りを結び

その信仰は 永遠の忠誠
その祈念は 正しきこと
内的羅針盤が指す 北の極を
渡れー極風をつんざいて!
(#792=郷翻訳)

死への歩みを恐れることなく、道を逸れることを畏れる。殉教への道は誘惑に負けず、懺悔を力にし、神の存在に震え、流れるように歩む。真の殉教には冷たい風が吹いている。だがそれらを恐れない真の勇気をもて、そしてそれにつっきって向かって歩め、というのだ。

その歩みの方角を決めるのが羅針盤だ。羅針盤にある方角は信仰を持つ者ならわかる。では僕のように無信仰者はどうすればいいのか?その答えもエミリは示している。教会など権威の示す羅針盤ではなく、自分の中にある神を信じて、そこへ向かう羅針盤を持てとエミリはいうのだ。

それはどんな内的羅針盤だろうか。どこを指して生きて、そして死んでいくのか。羅針盤の示す方角を考えてみよう。人生の東西南北を思いつくままに挙げてみよう。

不実ー誠実
苦難ー快楽
邪心ー正心
罪悪ー功績
疑心ー信頼
憎悪ー親愛

人の生き様は対極をぶれていく。揺れて生きている。これまで自分はどう揺れて歩いてきたか?

正しくなかった。くねって、曲がった。遠回りして、迷った。時に道には水溜りがあり、ぬかるみ、あるいは穴が開いていた。東奔西走し、四方八方へ、右往左往してきた。このリストの左側ばかり歩いていた。そしてそれに気づかずに来た。

正すためにはエミリの力を借りよう。彼女は勇気を出して進め!という。北の極点、冷たくて寒い地点に向かえ!と。寒風を切って進めというのだ。なんと厳しいお人か。その理由はわかる。

彼女は生前に認められることもなく、詩作の発表さえほとんどせず、それでも1800篇以上の詩を書き続けた。物凄い意思があった。それでも書けたのは、詩への殉教心があったからであろう。詩と共に死のうと。とすれば、彼女の中に吹いていた風は冷風ではなく、風だった。

己に厳しい内的羅針盤を持ち続けて、方角を確かめて、僕も拙文を書いていこう。

夜の窓辺の鬼……


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