自分の中の幽霊

自分の中の幽霊からから抜け出すには3つ方法がある。あくまで僕なりの方法であるが。まず挙げておこう。

1、散歩
2、人の中へ
3、孤独の人の作品を読む

自分の幽霊とは「この世は生きづらい」「何のために生きているんだろう」「なんで自分はこんななんだろう」といったネイティブな思いである。だれにもあることだし、とくに今年はコロナウイルスが「心を縮まらせて」、例年にない自殺者数である。先日も飛び降りて巻き添えに死亡者が出た痛ましいことがあった。

そこでアメリカの詩人、エミリ•ディキンスンの作品をひとつ訳した。「幽霊に憑かれるには 部屋はいらない(One need not be a Chamber — to be Haunted —)」という詩だ。自分の心の中の幽霊は、家にいる幽霊よりも怖い、という内容である。(試訳はnoteに書いている)

終生引きこもって詩作に打ち込んだエミリのような孤独な創造者ならば、俗な名声はともかくとして、詩を読んでもらいたい、認めてもらいたいという願いがあったかもしれない。誰も理解してくれない現実を時には嘆いたかもしれない。あるいは孤独を脱して、普通に生きて愛して愛されたいという思いもあったかもしれない。それらがかなわない「原罪の意識」、自分の中のデーモンこそ、エミリにとって真の幽霊であったのだろう。

ともあれ、自分の中の幽霊が跋扈しだした時にどうするか。個人的には3つ方法がある。

ひとつは「散歩する」。アイデアが詰まった時には強制的に外を歩く。すると整理されて閃きが生まれる。自分に囚われたときにも外を歩く。囚われたものが少しずつ出ていく。囚われ自分のカロリー消費なのである。

二つ目は「人の中へ」。自分で自分にこんがらがったときは、人と会うことだ。悩みを打ち明けるのでなくても、仕事でも勉強でもいい。自分との対話と違うことを人とするだけで、晴れていく。SNSはだめ。あれは自分に向かうだけのツールだから、リアルに人に会うべし。

三つ目は「孤独の人の作品を読む」。僕にとってエミリ•ディキンスンはその一人だが、昨夜もう一人見つけた。孤独と悪夢、不安と苦悩に生きた小説を書いた人は20世紀の前半に活躍していたが、不勉強にも作品を知らなかった。ネットであれこれ調べて、さっそく古書を1冊注文した。「仲間がいるじゃないか」と思えて、元気になってきたのだ。孤独には孤独の仲間がよく似合う、のだろうか。読了したら感想文を書きます。

人によって「美味しいものを食べる」「バイクに乗る」「山で叫ぶ」など幽霊の祓い方はちがう。ただそれを持っているべきだ。いつか本当の幽霊になるまで、自分の中の幽霊と付き合わなければならないのだから。


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