檸檬ケーキ

このフォントは梶井基次郎を思いださせた。

武蔵小金井『パティストリートム』の逸品“むさこレモン”ケーキをいただいた。黄色い檸檬のパッケージが瑞々しい。すぐにもいただこうという思いをおさえて、このフォントだから『檸檬』を一読してからいただくことにした。

『檸檬』は31歳で夭折した作家梶井基次郎の代表作である。わずか5200字の短編には、青春のほろ苦さと生活の貧しさ、そこからくる神経衰弱と借金取りに追われる「不吉な塊」に苦しむ梶井がいる。

第三高等学校(現京大)に合格し、京都の下宿先から通学もほどほどに、京都の町をさまよった。とりわけ通ったのが丸善で、よく画集を冷やかした。寺町通りにある果物屋で目を引かれたものがある。カリフォルニヤから来た檸檬である。檸檬をひとつ買って握ると、当時肺病のせいで熱ぽかった梶井の手のひらに心地よい冷たさをもたらした。「鼻を撲(う)つ」香りは命を延ばしそうだ。元気がでた梶井は敷居が高く感じられた丸善に行ってやろうと思う。当時京都丸善は「麩屋町三条西入ル」にあった。下の画像は大正のようであるが昭和の始めも似たものだろう。

衰弱していた梶井は、画集を持ちあげることさえ難儀した。画本をおいて、ふと第一のアイデアが浮かんだ。画本を積み上げて城をつくり、その上にちょこんと檸檬を置いてやろうというのだ。やってみると、紡錘形の檸檬のおかげで、丸善の埃っぽい店内が明かるくなった。そこで第二のアイデアが浮かんだ。その檸檬爆弾を仕掛けたまま、出て行ってしまおうというのだ。すたすたと店を出て梶井はにんまりとした、という話である。

では、檸檬をひとつ頬張ってみよう。

むさこレモンケーキの袋を開けると、ほんのり檸檬の香りがする。頬張ると嗚呼、檸檬の酸っぱさよ。柑橘系ケーキの甘い企みよ。ありがとうございました。とても美味しゅうございます。その美味さにくらくらしたわたしは、むさこレモンをひとつポケットに入れて、ちゃふど雨が上がって明るくなった道に出た。首都圏も実質的には警戒解除である。マスク御仁を尻目にわたしの頬は檸檬の香りでいっぱいである。マスクなぞするものか。

ふらりふらりと歩いてスーパーマーケットに行った。第一のアイデアが浮かんだ。スーパーの野菜果物売場に行くと、緑や赤や黄色に色づいた売場に檸檬があった。サンキストレモンがつんとおすまししております。そこにこいつをひとつ置いてみた。ピンとするコスチュームが他の檸檬たちをへへぇーっと従わせた。あなたさまほど甘くありませぬ!とでもいうかのやふに。

そこで第二のアイデアが沸いた。置き去りにしてスタスタと去ってやろう、檸檬ケーキ爆弾を仕掛けたような気分になれるのではないか。だがあいにくそこは戦前の丸善ではない。天井を見ればレンズを装着した監視カメラが、わたしの一挙手一投足を収録していた。

檸檬ケーキ爆弾を置き去りにしてスタスタとスーパーの敷地からは逃れても、動画データの解析によって、ウイルスが付着しているかもしれない檸檬爆弾を置いたカドで不審者としてしょっぴかれるのは間違いない。かつて公道で職質は受けたことがあるが、しょっぴかれたことも前科もないわたしである。こらぁ!なぜ檸檬を置いたんだ!吐けえ!と無慈悲な特高の警察官が、ナマレモンをわたしの口につっこむ。拷問を受けたわたしは獄中死するだろう。だからこっそりと檸檬ケーキをポケットにもどして、スーパーの出口で手指消毒をして帰ってきた。

檸檬には青春の酸っぱさと瑞々しさがある。ひんやりとした覚醒がある。手のひらにおさまる希望がある。黄色い色は魂の躍動である。ウイルスでくすんだ世の中を刷新するレヴォリューションである。そのエッセンスをいただきながら、檸檬のような文をめざしたい。


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