リヤカーマンを振り返り…

永瀬さんの「うわさ」をぼくはオーストラリアで聞いたことがある。1980年、生き方に悩んだぼくは現地で働き、旅をしていた。現地にたむろしていた日本人から、リヤカーを引いてオーストラリア大陸を横断した日本人がいると聞いた。にわかには信じられなかった。ボロい車であの灼熱の大陸を1周したが、それさえものすごくきつかったから。

『リヤカーマン 歩いて世界4万キロ冒険記』(永瀬忠志著 2008年 学習研究社)を読むと、1978年から79年に横断したとある。始まりは宗谷岬から佐多岬までの日本縦断の旅。そこからオーストラリア、アフリカ、東南アジア、インド、南米、モンゴル…まで、4万キロを歩いた。

総重量200kgもあるリヤカーを引き、平地なら1日30km、塩湖や砂漠では3km、高地では高山病でもうろうとし、アフリカではマラリアにかかった。結局、彼はなんのために4万キロも歩いたのだろう。

サハラ砂漠での思い出である。砂地では100メートル進むのに20分かかった。リヤカーの車輪が砂にめり込んで動かないのだ。その上、熱い。そこで彼はこう思った。

どこまでも地平線が広がっている。この広い砂漠に、ひとりでポツンといる自分に気がつく。
(あれっ?おれはこんな所で何をしているのだろう……?)
(この重いリヤカーを動かすことに、何の意味があるのだろう……?)
(サハラ砂漠を歩くことに、何の意味があるのだろう……?)
自分が何をしているのか、その答えを探そうと、頭の中で考える。いくら考えてもわからない。答えが見つからない。(本書P128)

彼も考えていたのだ。長い旅に出ようとするひとは、憑かれたように考えるのだ。何のためにひとは生きるのかとか、何をすべきかとか…答えは簡単には見つからない。そして砂漠の夜は真っ暗だ。

やがて暗くなり、数え切れないほどの星に包まれる。星空を見ていると、ずっと昔から星を見ていたような、何万年も昔から生きていたような、ふしぎな思いがした。
今、ここで、満天の星に包まれていることが、うれしい。(本書P129)

ひとつ、気づきがある。星とは世代なのだ。映画『スターウォーズ』が数世代に渡る物語であり、父と子の相克であるのは深い意味がある。星が永遠にまたたくように、ひととひとのつながり、家族のつながりもまた永遠なのであると。

もちろん永瀬さんが旅を続けることに、父と母はいつも反対していた。父は言った。

「ただ歩いて帰るだけで、それが何になる。何にもならないじゃないか」
旅に出るといつも心配していた母は、リヤカーマン(筆者)が二八歳のときに、病気で死んだ。
母が亡くなってから、父は、ますます旅に反対し、声をあらげることもあった。
「まだ、わからんのか!そんなことをして、何になる!」
父とは、さらに仲が悪くなった。口もききたくなかった。(P136)

憶測だが、それはほぼ間違いないのだが、永瀬さんと父は仲が悪いわけじゃない。永瀬さんがあることに気づかなかっただけなのだ。それに気づいたのは、我が子が生まれ、父が亡くなったあとだ。

永瀬さんは、4万キロの旅の始まりにした日本縦断の旅、それを思い返す旅に出た。「リヤカーを引いてみるか」と父はいい、子は「うん。」と答えた。小学校二年生の長男は父のリヤカーを引いた。その重さを知った。父は重さだけでなく、自分が苦しかったことも伝わればいいと思った。

結局、シンプルなことなのだ。ひととひとは時間と場所を超えてつながっているという感触を得られればいい。その実感が生まれれば、変われる。相手と重なることができる。すると旅の目的は果たされる。

人生がうまくいかないとずっと思っているひとは、自分の体験を思い返すことに自分をおいてみよう。いくつか方法はある。たとえばぼくは、リヤカーマンの本を読んで、かつての自分の気持ちを振りかえっている。ぼくはこのことを物語にしたい。


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