フォークナーの「あの夕陽」に学ぶこと。

「あの夕陽(That Evening Sun)」は、ウィリアム•フォークナーによる19世紀から20世紀へ、米国社会の変わり目にいたひとびとを描いた短編である。ノーベル賞作家の1931年発表作品には、奴隷解放後(1965年の憲法修正)の現実がある。あるきっかけからこの作品に興味をもった。読むだけではわからないので全文を写しつつ、意味や構造を解いていくのが、ぼくの読書修行スタイルである。

写経修行中……

舞台は奴隷解放後の南部の町ジェファソン。解放されて生き方がわからない黒人と、黒人とどう共生していくのかわからない白人と、相変わらず黒人を奴隷扱いする白人がいる。

当時の社会を象徴するものは「溝」である。米国南部の農場では、白人の住む屋敷と、黒人の住む小屋を分かつ溝が掘られた。水を流す小川でもあり、丸太や収穫物を浮かべて運ぶ運河でもあった。それは白人と黒人を分かつ境界であり、おたがいの理解を阻む壁でもある。この短編でも溝が何度も出てくる。溝は白と黒、人種差別、子どもと大人などを象徴しているようだ。

そういう社会背景以外にも、この短編の興味深いところはたくさんある。3つあげよう。時系列と、語り口と、ホラー話である。

「時系列」とは、この短編のもつ複雑な構造である。冒頭24歳のクエンティンが、9歳のときのナンシーをめぐる体験を思い出すのが物語の構成である。ところがそれが単なる回想として書かれていない。冒頭は24歳の「大人の語り口」なのが、ラストに向かって9歳の「子どもの語り口」に変化していくのだ。子どもの頃にもどった彼が、子どもの目を通した体験として描いている。

「ホラー話」とは、ナンシーの夫がナンシーを殺すために溝に潜んで待ち伏せしている、という恐怖である。ナンシーが白人男と「強制的に(かどうかまで書いてない)」性行為をして妊娠をした。それを怒った夫が「白人をぶち殺す」というが、それはできないので、かわりにナンシーに復讐するという。

これを頭において、構成を簡単に見ていこう。

1、【今】クエンティンの回想シーン。ナンシーが洗濯女をしていた15年前から、さまがわりした町の姿。
2、【15年前】白人に体を許したナンシーは金をせびり、白人に殴り倒され、拘置所に留置され、自殺に失敗する。妊娠した妻に脅しをかけた夫を、屋敷の主人(子どもたちの父)が出入り禁止にする。
3、【15年前に起きたこと=上記=の少しあと】3人の子どもたちが、いつもの料理女が病気をしたので、ナンシーの家に向かって石を投げて、朝食を作りに来てくれと言う。
4、料理の後、ナンシーは夫を怖がって台所から出てこない。夫が溝に隠れて襲ってくるという。仕方がなく父はナンシーを家まで送る。
5、料理女の病気が治らずナンシーが毎晩料理をする。ある夜、物音が外から聞こえて、ナンシーは怖くて家に帰れなくなった。
6、料理女が治ったので、子どもたちはナンシーを家に送る。ナンシーは家で、怖くないホラー話をする。ポップコーンを炒めるとコーンは焦げてしまう。その時ドアから音が聞こえた。恐々開けると…
7、それは子どもたちの父だった。だがナンシーは夫は溝にいると言いはる。帰宅するみんなが溝を越えて振り向くと、ナンシーはブルーズを口ずさんでいた。

ざっとこんな感じである。フォークナーはなぜ複雑で、語り口を変える時系列構成を作ったのか?ホラー話は何を象徴するのか?僕なりに文章作法として次の三つにまとめてみた。

1、物語は読者のもの。多義的に書け、解釈は読者に任せろ。
2、自然な時系列をたもて。
3、子どもが興味をもつホラー話を書け。

「多義的」とは、たとえばこの作品のタイトルは、ブルーズの名曲「That Evening Sun Goes Down」からと言われるが、ぼくは違うと思う。「夜の夕陽」とはナンシーの眼であろう。黒い肌に流す涙。沈む夕陽のような眼である。そんなふうに自由に解釈しうるように書くことだ。

「自然な時系列」とは、人の記憶である。記憶が記憶を呼んで、あちこちずれて語るのが自然なので、カチカチに書かないこと。

読者を惹きつけるには「ホラー話」がいい。ただし教訓ではなく、荒唐無稽な幽霊話でもない。子ども心にもそれとわかる、大人の世界の醜さが隠されている話がいい。たとえば差別や暴力や高慢である。大人のもつホラーに、子どもたちは醜悪や嫌悪を感じ、克服しようとして成長するのだ。

フォークナー短編集 2013年改版

最後に、僕がこの作品を知ったきっかけだが、「ライ麦畑でつかまえて」のJ.D.サリンジャーが、この短編から決定的なことを学んだ、と知ったからだ。サリンジャーの短編集「ナインストリーズ」の「笑い男」は、「あの夕陽」をモチーフに書いたものだと確信した。

とにかく今、作文を深く勉強しています。


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