無上のプレゼント

クリスマスDAY、いかがお過ごしでしょうか。プレゼントはされましたか。ぼくからブログの贈り物を少々…

御朱印帳の手作りキットのオンラインショップを、かれこれ3年半ほど開いている。ところがこの年末、キットの素材加工(奉書紙の蛇腹加工や表紙の厚紙切断等)をする職人が「もう、やめる!」と宣言をした。理由は職人が契約する某印刷所とのイサカイである。高齢だし町長の仕事もあるしということでオレは辞める、となった。背景には、御朱印帳ブームも沈静化し、売れ行き鈍化もあると思う。

ともかくぼくのオンラインショップも閉めることにして、御贔屓にしてくださる大口需要家にも昨夜一斉連絡をした。すぐに連絡が殺到して、あっという間に一番の商品「お寺サイズの帳蛇腹加工」が売り切れになった。一人10冊に抑えたが「黎明奉書紙10冊と瑞穂きなり奉書紙も10冊ほしい」という願いに押し切られて、いいですよ…と返信したあとに「あ!」思い出した。

「瑞穂きなり」はあるお客さんがお気に入りなのだ。そこに少しでも残しておきたい…。瑞穂きなりは10冊きりしかない。

と、あわてて5コにしてください!と訂正の連絡をして、5冊にしてもらった。案の定、今朝になって「瑞穂きなり」をいつも買うお客さんから「もう在庫ないのですか…とても残念です」という連絡があった。ぼくが「5冊だけですが、確保してますよ」とメールで伝えると、喜んでくれた。

それは静岡県の障害者施設である。障害者の方が手作りをして販売するマーケットがよくあるだろう。そこでは御朱印帳を売っている。たった5冊だけど(いつも20冊くらい買ってくださる)残せてよかった。「小さなクリスマスプレゼントです」とメールに書いた。

プレゼントというと思い出すことがある。亡き母が言っていたことばだ。

「プレゼントというのは2個買っちゃだめ。安かろうが一つになさい」

2つだと安いので気後れして2つにした、と思われるからと言っていた。安くても相手のことー好みや最近ハマっていることーをじっくりと考えて、これだ!と思うものをプレゼントせよと。そういう意味なのだろうが、ふと一つというのは、一人と言い換えることができると思った。この人と思った相手に、一つの贈り物を贈る。それをしなさいと母は言っていたのだろう。

ところで、この世で一番美しいクリスマスプレゼントは、O.ヘンリーが書いた「賢者の贈り物」だと思う。貧しい共働きの夫婦の贈り物の話だ。夫は懐中時計を売って、美しい髪をもつ妻のために櫛を買った。妻は髪を切って売って時計の鎖を買った、という素晴らしい話でしたね。我が身を切ってまで相手に贈るわけだが、品物を決める前に、相手が一番大切にしている価値を考えている。そこが素晴らしいのだ。

つまり無上のプレゼントとは、相手のことを考えること。贈る相手を助ける、相手を伸ばす、相手を笑わす、やる気にさせる…そういうプレゼントが一番なのだ。

ぼくには無心で御朱印帳を作る障害者の作業姿が思い浮かんだ。楽しく作ってくれるのが一番。施設へのメールを書いて送ったのは、寒々とした部屋で、足元が寒いのでカイロであっためていたが、メールでほんのりとあったまってきた。


無上のプレゼント」への2件のフィードバック

  1. 読みながら泣いちゃいました‥‥
    やっぱり郷さんはやさしくてあったかい。
    そして今日も心にプレゼントされました。
    ありがとうございます。

    心に届く贈り物、でした。
    郷さん、メリークリスマス!☆MIMO☆

    1. ありがとうございます!
      ちょうど情け容赦ない組織からの連絡で憤慨していたので、ほくほくしました(^^)
      MIMOさんにメリークリスマス!!!

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