今ここ主義を脱するために。

過去のことは水に流そう、明日は明日の風が吹くから……日本人のそうした心性が表れているのが「絵巻物」だという。

12世紀から14世紀に作られた絵巻物は、源氏物語や伊勢物語などを描いて、縦は大きくても50cmほどだが、長さは10mほどから20mにも及ぶ。長いので博物館や美術展でも「ほんの一部」しか見せることができない。そこに日本人の心性があると見抜いたのが、文芸評論家の加藤周一であった。

ある一部分を見ていると、別の部分は遠くなって見えません。これは本来(絵巻物とは)自分の前に置いて右から少しずつ展げて見てゆく。見てしまったら巻いていく。(中略)絶えず現在の場面だけを見ることになります。(「日本文化のかくれた形」加藤周一他 岩波書店 P36」)

過去は巻かれ、未来も巻かれて、今だけを見て楽しむーそれが日本であると加藤は喝破した。だから日本人は現在への感覚は研ぎ澄まされている。

突如現れた現在の状況に対し、素早く反応する技術ー心理的な技術が発達する。実はそのことが、絵巻物における時間観念に、集約的に反映していたと考えられます。(「日本文化のかくれた形」P37)

一方で、過去は水に流し、未来はその時の風任せという傾向は、対外関係にも影響を与えてきたと加藤はいう。

第二次大戦後、ドイツ社会は「アウシュヴィッツ」を水に流さずに認めてその償いをしようとしたが、日本社会は「南京虐殺」を水に流そうとした。その結果、ドイツと他の欧州国家との関係は回復されたのに対し、日中国民の間では信頼関係は構築されなかったことはいうまでもない。(「日本文化における時間と空間」加藤周一著 岩波書店 まえがき)

過去は水に流し、未来はその場その時に考える。阪神淡路大震災を思えば、未来の地震への備えは貧しく、しかし起こった災害に対しては市民は冷静に素早く対応した。同じことが2011年の東日本大震災でも起きた。被災地支援のボランティアの迅速な動きは記憶に新しい。今年(2019年)の台風災害でもそれは繰り返された。

反省も計画も苦手だが、現在の対応は早い。加藤はこれを「強い集団帰属意識」が、今の自分たちが生活する場所=「ここ」だけを世界と意識させることから生まれたという。そしてこの日本人の心性を「今ここ」主義と名付けた。近所を散歩したとき、そうだなーと納得させられた。

日本の町にはどこにも「今ここ」がある。都市計画未遂の曲がりくねった道や途切れた道。道が計画的に作られたのは城下町くらいだろう。景観もバラバラだ。景観条例は時すでに遅くマンションは林立している。一方アメリカの西海岸では、壁の色や瓦の色まで規制されていたのを思い出した。

家にも「今ここ」があり、それは「部分主義」となって表れている。

茶室には“非対称性の美学”がある。柱やにじり口や間の造りは美学を追究し、建築的には対称性のような視点はゼロだ。城や大名屋敷も、部屋から作って「このくらいで十分だ」という「建て増し建築」である。そういえば寺の屋根や内部に見える彫刻などは、まさに部分主義である。

この加藤周一の「今ここ」を教えてくれたのは、ある医師である。外科医で始めたが、現代医学は専門の追究である。内科でさえ今どきは循環器内科、消化器内科、内分泌内科、呼吸器内科などたくさん分化している。その医師は狭い専門に診断と治療の限界を感じて、身体全体を診る総合診療医となった。部分の限界を悟り、全体へ移った。

日本はひょっとしたら平安時代からずっと「今ここ主義」なのかもしれない。ぼくもこれまで「今ここ主義」で生きてきた。仕事も家庭も相当に刹那的であった。だからせめて残された人生は変えたい。

書くということを部分としよう。その全体とはなんだろう?

たとえば「本を読むこと」読み方はいろいろある。「作文を教えること」いろんな作文がある。「良書を広めること」人生を変える本を何冊か知っている。「本好きを増やすこと」読書の導火線なら知っている。少し考えるだけでひろがりがでてきた。過去のすごい本を子供たちに教える読書会を開こうか。書くという部分の世界から、読み書きで人を巻き込む世界へ踏み出せれば、その人の変化を通じて、未来に働きかけられる。今ここ主義や部分主義を脱することができるかもしれない。

もしもあなたの今の仕事や生き方が、「今ここ」であったり、「部分主義」であったら、大きな目で見直してみませんか。過去との向き合いでもいいし、より大きなことを考えてもいい。計画立案と日々の実行も必要。そんなことを思いつつ、おやすみなさい。

クリスマスまであと何日……^^

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