ゲゲゲのゲーテは最高です!

いまさらだが妖怪作家の水木しげるを身近に感じた。それは彼がゲーテ好きだからだ。

水木さん(自分のことをこう呼んだ)はゲーテの作品よりも、ゲーテ本人に興味があるんです。だから「ゲーテとの対話」を何回も読んで、ゲーテの言葉を暗誦してましたよ。(『ゲゲゲのゲーテ』)

水木しげるは第二次大戦で出征するときに、「ゲーテとの対話」3冊を雑嚢に忍ばせた。戦地の塹壕や収容された病院で読んでいたわけじゃない。そんな余裕はなく、ただ傍らに置きたかったのだろう。本書「ゲゲゲのゲーテ」は水木しげるが、いかに「ゲーテとの対話」を愛読したか、生前最後のインタビューや、彼が引きまくった下線部のゲーテの箴言を編集した本だ。

水木といえば妖怪だが、ねずみ男より貧乏だった。最初に入った貸本漫画の世界には、餓死か成功しかなかったという。だからインタビューではこんなことを言い放つのだ。

ー馬鹿な編集者が多かったですか?
水木 多いんじゃないですか。給料をもらっている人間の多くは餓死する心配がないから、あまり努力はしないし、自分を解放する技術というものがない。編集者に限らず、サラリーマンの8〜9割が馬鹿なんじゃないですか。(『ゲゲゲのゲーテ』)

あーわかる。馬鹿はともかく給料で守られている人と守られていない人の差はやったことがある人しかわからない。それもモノ売りやサービス業といったビジネスではなく、才能を売ろうとしないとわからないよ。日々、自分の馬鹿さや才能のなさを嘆き、世間の冷たさや編集者の頭の良さと戦う。孤独で、貧乏で、だからわめきたくなる。叫びたくなる。そうなったとき「ゲーテとの対話」を開く。

明晰な文章を書こうと思うなら、その前に、彼の魂の中が明晰でなければだめだし、スケールの大きい文章を書こうと思うなら、スケールの大きい性格を持たねばならない。(「ゲーテとの対話」上巻P164)

そういう性格をもつべしと、グッと抑えるのだ。次の言葉も効く。

比較的才能のとぼしい連中というのは、芸術そのものに満足しないものだ。彼らは、製作中も、作品の感性によって手に入れたいと望む利益のことばかり、いつも目の前に思い浮かべている。(同上巻P148)

そして自分を慰める。水木しげるは餓死寸前になったとか、丁寧に点描画を描きすぎたとか、徹夜でふらふらして原稿を入稿しに行ったとか、自分にそぐわない仕事は断ったとか、妖怪を諦めようとしたが娘が妖怪を見たと言うので描き続けたとか、そんな体験ばかりだったようだ。その中での光は次の言葉だっただろう。

「重要なことは」とゲーテは続けた、「けっして使い尽くすことのない資本をつくることだ」(同上巻P193)

水木も解説しているように、資本とは金じゃない。「専門的な実力」のことだ。漫画とか文章とかFXトレーディングとかクワガタの養殖とかだ。それ以外のことは捨てるということだ。捨てるということは賭けるということだ。死ぬか生きるかだ。これがサラリーマンなんぞにわかってたまるか!と水木は日々思って、日々耐えていた。

そこであらためて「ゲーテとの対話」という本を考えると、本書には「諦めさせない力」があると思う。

水木しげるだけでなく、ある教育学者もこの本を耽読して諦めなかった。おそらく、世界中に諦めない人を無数生み出した。諦めないのがいいか悪いかはわからない。ただ一度切りの人生、やりたいことを自分のためにやってこそ、ではないだろうか。突き抜けたところには普遍性がある。それが「人のため」になったとき、ちょこっと売れることがある。

「偉大なものは、ひたむきで、純心な、夢遊病者のような創造力によってのみ産み出される(中略)どこへ行けば今なお、独創的な天才が素っ裸でわれわれを迎えてくれるというのか!だれが本物の力、ありのままの自己を示す力を持っているのか!」(下巻P49)

彼はその力を「妖怪創造」で答えた。殺し合いをしたり、いじめがあったり、自由業に冷たい人間界は妖怪以下であり、水木妖怪ワールドの方が戦場よりもよほど平和で暮らしやすいというのだろう。それが彼のメッセージだったと思う。

「天才的な人物には特別の事情があるのさ。ほかのひとびとには青春は一回しかないが、その人々には、反復する青春期があるのさ」(同下巻P248 一部改変)

だから水木は90歳になっても青春を謳歌し、漫画を書いた。119歳まで生きると嘯いていたが、本書に収録されたインタビューの翌月、自宅で転倒して手術を受けたのち、多臓器不全で死去された。93歳だった。墓場で鬼太郎とならんで「ゲーテとの対話」を読んでいるのは間違いない。南無阿弥陀仏。

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