エンテレヒーという力

ずっと飛行機雲を描こうとハッスルしてきたけれど、ほんとうにやるべきことは、空というキャンバスを用意することだった。となんとなく気づかされた瞬間。

とういうのも、「ゲーテとの対話」を半分ちょい読み進めたからだろう。もうそうとう長く生きてきて、それでもハッスルし続ける自分を見て、その乏しい天分を思うとき、次の一文が沁みる。

全体の中に入っていく厳しさもなければ、全体のために何か役だとうという心構えもない。ただただどうすれば自分を著名にできるか、どうすれば世間をあっといわせることに大成功するか、ということだけをねらっている。こういうまちがった努力が、いたるところに見られる。(「ゲーテとの対話」岩波文庫上巻P230 )

ただ自分をアピールしたい、世間をあっと言わせたい、それじゃだめだとゲーテはいう。音楽でたとえれば、聴衆が楽しめる音楽ではなく、自分がひとを唸らせることができる音楽を演奏する歌い手がとても多い。しかもそれをみんな見習っているのだ。それは自分を窮屈にし、やがて自ら首を締めることにもなりかねない。

そうではなくて、ゲーテは世界がいかに優秀な作品で満ち溢れているかということを自覚し、このような作品に比肩できるものをつくるには、何が必要かということを、手おくれにならぬうちに自覚せよというのだ。あきらめろと言っているわけじゃない。挑戦は必要だ。だが偉大な先人にまっこうから立ち向かうべきじゃないという。

たとえばゲーテは造形芸術(絵画)をやろうと考えたが、それは自分の天分ではなかった。先人にはとても到達しないと気づいてやめて、ただし吟味できるだけの鑑識眼をもった。そしてドイツ語で文を書くことに天分を決めた。ただし書く中身は多面的かつ多彩である。詩歌や戯曲、小説や芸術論、そして自然科学へ。そしてこう語っている。

「実は一人ひとりが自分を特殊な存在につくりあげなければならないのだ。しかし、一方また、みんなが一緒になれば何ができるかという概念をも得るように努力しなければならない」(同書P232)

全体の中に入っていく」の「全体」とはなんだろう。世間だろうか?マーケットだろうか?

それは、さきほどラグビーW杯準決勝(南アフリカーウェールズ戦)を観ていたらわかった。ラグビーには個々に役割があり、役割をまっとうすることが求められる。まっとうした仲間を称えあう。役割に身を捧げたことに満足する。だから観ていて清々しい。観ているとぼくは笑ってしまう。

つまり全体とは、敵(世間や雇用者)も味方(同僚や仲間)がみんながそろう舞台のようなものだろう。そこに入るのはほんとうは厳しさがある。なぜなら自分の役割に徹しないとならないからだ。ゲーテとの対話を記録したエッカーマンは、ゲーテの作品「ヴィルヘルム•マイスター」を思いだす。演劇人になろうとして挫折した青年が、社会改革に我が道を見つける成長物語(ビルディング•ロマン)である。エッカーマンはこう書いている。

すべての人間を集めてはじめて人類は形成される。また他人を尊重してはじめてわれわれも他人から尊敬される。(同書P233)

全体へ入るには、こういう気持ちで入れ、とゲーテがあげるキーワードが「エンテレヒー」である。

エンテレヒーとは、個性的であることはゆずらず、しかし自分にふさわしくないものを捨てつつ、全体のためになる活動をして、感動をあたえる存在になる力である。使命を知る、天命を知るといってもいいだろう。

さて、エッカーマンとゲーテとの対話は、岩波文庫版では中巻のまんなかで、エンテレヒーがテーマになる。

1930年、ゲーテの子息とエッカーマンがイタリアに旅行し、エッカーマンは体調を崩して、二人は旅先で別れる。エッカーマンは滞在先の病中、6年におよぶゲーテとの付き合いと彼の仕事の補佐(全集の編纂だけでなく作品の編集までも)を振り返って、自分の作品を書かねばならないと思い立つ。当時40歳くらいだ。そしてゲーテと離れる決心をして、長い手紙を書いて送った。ゲーテは「それもいい」と短く返信した。ところがゲーテの子息の急死もあり、エッカーマンは翻意をする。自分の創作よりも、それまで書き溜めてきたゲーテとの対話を本にしようと考えたのだ。

ゲーテはそれを喜び、エッカーマンに安定した宮殿の職を紹介する。エッカーマンが書き留めた「ゲーテとの対話」は、ゲーテの死後出版されると、ヨーロッパ中に翻訳された。そして100数十年後の今、ぼくも日本語で読んでいる。いったい何百万人のひとのためになったのだろうか?

自分のエンテレヒーはいずこに?を考えてみよう。

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