野口体操ぶらぶら2

mimoさんも続報を待っているので(?)野口体操ぶらぶらを書きつづる。図書館で借りた本をとじて、古本を入手した。

この「野口体操 からだに貞く」は1977年2刷の古本なので、ぶらぶらならぬ、かさかさしているが、内容は生き方のコペルニクス的転回を突きつけてくる。野口三千三氏のいう体操の哲学的小径を歩いてみたい。まず、前かがみになるぶらぶら体操には、準備運動ともいうべき、ゆらゆらステップがある。

では、両脚で立って、全身を上下にゆする動きからやってみましょう。
まず両脚を少し左右に開いて、すっきり楽に立ってください。両脚の開き方が広すぎます。両脚をぴったり揃えてくっつけると、少し窮屈な感じになるから、その窮屈さを感じない程度に少しひらけばいいんです。そして、からだの形にこだわらないで、楽にしかもすっきりという感じの中で。優しく静かな上下の弾みをつけて全身の中身をゆするのです。肩や腕の中身が緊張していなければ、ぶら下げた柔らかい紐や鎖のように、ゆらゆらと、揺れ動くはずなんですが、どうでしょうか。

この運動は、野口氏の弟子の動画で見ていたが、変なことしてるなーとスルーしていた。野口氏のこの解説文を読んでわかってきた。ちからを抜くのはむつかしい。そのコツは生卵を立たせることのようだ。

10個119円の激安卵でも立つ。マア立ちそうなやつを見極めるのだが(全体にバランスが良い、お尻に立ちそうなツブツブがある)、えいや!立て!というと立つ。これと同じく、足の裏で床をガッとつかむようにして、それ以外のすべての身体の力を抜いて、足のうら一点で立つ。これがコツだろう。このあと連続して、前かがみになるぶらぶら体操「前落とし」に移る。野口氏のいう人間のからだがだんだん感じられてくる。

生きている人間のからだは、皮膚という伸び縮み自由な大小無数の穴が開いている袋の中に液体的なものがいっぱい入っていて、その中に骨も内臓も浮かんでいる。(「原初生命体としての人間」野口三千三著)

身体の動きは命令して、筋肉を緊張させて、むりやり動かすのではないという。しかしほとんどの体操やエクササイズはそういうものでもある。野口氏はそれらを全否定する。ただ自然の力にまかせろという。

そこでふと思ったのは屈伸運動である。ヒザを曲げて伸ばしてという準備体操。あれは膝関節に負担をかけて、しかも太ももやふくらはぎの筋肉を緊張させているだけではないか?と思った。野口氏がすすめるのは、片足立ちして、あげた片足を折ってカカトをお尻につける。そこからぶらーっと前に出す、そして下ろす。この屈伸は実に開放型である。なるほどなーと思えてきた。

本書は3章「からだとコトバの探検」にはいると、ますます奇書のていをなしていく。野口氏にとってコトバとからだは一体の存在であるようだ。

からだは、自然の神が、自然の原理の霊妙さを、具体的に表現した特別作品である。
コトバは、今まで生きた全人類の智慧のすべてが集積されている、特別貴重文化遺産である。

野口氏のいうコトバについては次回書くが、ひとつ、ぼくの名前にもある「好き」という表現を紹介したい。お題はこうだ。

「このむ」と「すき」と「ほれる」はどう違うか。

「このむ」はカ行で、カ行のカキクケコはまとまりがいいが、固いし、他人行儀なところがある。「好む」とは対象を客観的に見て「好きだ」という感じがするという。

「すき」はサ行のサシスセソであり、すっとしてさわやか、すぐ、すいっとという、筋道がついている。だから、「すき」という場合は、対象と自分が一直線で結びついている。あーなるほど、「女を好む」というのと、「あの人が好き」は違いますね。

「ほれる」はハ行でハヒフヘホであり、「ほ」は気体的で、ホッとする、ほぉーっと息を吐く感じ。相手と自分がひとつになるという状態だという。好きは「恋する」で、惚れるは「愛する」のかもしれない。

好きになる3段階を見ても、好むは力が入っており、自然じゃない。だからストーカー事件も起こる。好きは自然ではあるが、盲目なところもある。ほれるという段階になってこそ、自分を消して、相手の幸せを心から願えるからだができてくる。

生卵を割ったら、なんと、惚れ合っていた……


野口体操ぶらぶら2」への2件のフィードバック

  1. 待ってました!というか今、実践してます!
    野口ぶらぶら、野口ぶらぶら、どんぶらこっこみたいに、一日中頭の中で反芻してますよ。笑
    これが実にいい!本当に騙されたと思って、一度はみなさんにもやってもらいたいです!私は続けます!

    そして今日の文章もまた絶品じゃぁないですか!それこそ惚れ惚れでございます。
    「野口体操 からだに貞く」私も読んでみようかな。

    続編の投稿!まことにありがとうございました!

  2. mimoさん、やっちょりますか〜騙せてよかった(笑)これをスピ系と思う人は避けますが、野口氏は芸大教授ですから理論理屈持論は相当あります。僕は人生の変革論、仕事への姿勢論として読んでます。もしも野口氏が今生きていたら、たとえばライザップのようなエクササイズを罵倒するでしょう。ああいう狭い目的のために、身体を痛めつけることはナンセンス!と(笑)もっと自然に生きなさい、身体のなかみを感じなさい、肩甲骨を柔らかくして心を開きなさい、というのが核心のようです。僕は少しずつ開いてきました。ありがたいです。

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