「がんばらない」から「がんばろう」へ

うつ病になった人やがん患者に、よく「がんばろうという励ましはいらない、がんばらなくていいんだよと言った方がいい」と言われる。どうもぼくはそれがイマイチ腑に落ちなかった。

なぜなら、やっぱりがんばるんだよね?と思うから。がんばらなくていい、と言われたらドツボに落ちたまんま、それでいいの?そういう疑問があるからだ。かつて医師の鎌田實氏の「がんばらない」という本も読んだ。長野の諏訪中央病院で、死期迫るリンパ肉腫の青年とその家族、医師と看護師たちの葛藤と受容を描いた作品である。そこでのキーワードは「がんばらない」であり、がんばらないけれども静かに生きて、そして死んでいく人が描かれていた。

「がんばらない」とはどういうことなのか?どうもきちんと整理できないままでいたのだが、最近答えを見つけた。次の図は、ある高名なリハビリテーションの医師の作ったモデルである。執筆の都合上、今は出典論文を伏せさせていただきます。11月中に明かしますのでご容赦ください。

脳梗塞や脳出血を起こして片麻痺や失語症になった患者は、急性期リハ(入院先の脳外科等の病棟での回復訓練)から回復期リハ(回復期病棟または回復専門のリハ病院)へとリハビリテーションを受ける。訓練室と病棟でADL(起居動作、食事、トイレ、入浴等の日常生活行為)を上げていくわけだが、患者のリハビリ•プロセスを表したのがこの図である。

リハビリテーションは本人が障害を認め、その障害をなんとかしたいという意欲から始まる。「障害の認知」と「障害の克服」の2要素が高ければ高いほどリハは成功する。低いと失敗する。その段階またはプロセスはいく通りかある。

①障害への認知度が低く、自分は絶対治る!治ってみせる!と過大に期待を持つ場合、完全回復を夢見て機能回復訓練に「挑む」。失敗すると嘆く。そしてやる気をなくしていく……

②おれはダメだ、とうつ状態の日々を送り、生きていても仕方ないと、悲嘆にくれることになる。実際、ここで最も多くの自殺企図がある。

③痴呆や精神障害を持つ場合は、認知も意欲も低いので、患者本人へのアプローチよりも人的支援や、施設支援策を講ずることになる。

④障害の認知が適切で、克服する意欲も高ければ、障害がある自分を認め、障害があってもできることを探して、がんばろうとする。

つまり患者が今、①〜④のどこにいるのか?を突き止めることが大事なのだ。①にいる人に向かって「リハ訓練をしっかりしよう」といって、一生懸命にやらしたらどうなるか。機能回復が伴わず、失敗でもすると「ああ、おれはやっぱり不具だ」②へ自分を突き落とすだろう。また、②にいる人に向かって「なにを言ってる、がんばなんなきゃ」というのも無責任な励ましでしかない。残された身体機能でも(装具や器具を使い、また介助をして)できることをやらせてあげる。ひとつ自信を得れば、やがて④に移っていける。

たんに「がんばろう」というのがよくないことがわかっただろうか。相手がこの図のどこにいるのか?を探った上で、励ましや支援や様子見ができるようにならねばならない。同じ心理モデルを、臨床人類学者のアーサー•クラインマン氏は、慢性の病いをもつ患者の「説明モデル」で説明している。

説明モデル(Explanatory Model)というのは、患者や家族や治療者が、ある特定の病いのエピソード(物語)について抱く考え方である。説明モデルは以下の疑問に答えてくれる。「この障害の本質は何か」「なぜ自分がその病いに冒されたのか」「なぜそれが人生のなかで今なのか」「病気はどういう経過をたどるのか」「どういう治療がいいのか」「私は治療後の何を恐れているのか」…
(「病いの語り」第7章より。一部改変)

ターミナル期の患者(人間)は上図の④に相当する位置にきて、内省し、落ち着いて自分の思いを語れるようになる。そのことばを受け止めて、臨床的ケアの治療戦略や、治療をしない戦略をつくりなさい、とクラインマン はいう。

諏訪中央病院の症例であれば、患者は現代医学では治療不能である。絶望して②にいることだろう。②から④へ患者を移してあげたい。そこで医師も私たちも、患者が最期までにできることやしたいことを「聴き取る」ことから始めたい。死にゆく人から希望や感謝のことばを聴く。過ちや反省、改悛や祈りを聴く。最期にこうしてほしいという願いを聴く。聴いた私たちは、きっとこう思う。

がんばろう。

患者はそんな相手に微笑みかけるだろう。そして最期をがんばるだろう。生から死へ、死から生へと渡されるものは、相手を動かすことばである。

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