オオトリテエとユウタナジイ

前回のブログ(「落花抄」生と死の鎮魂歌)の中で、三島由紀夫の小説に触れた(母が病床の娘に読んだ本が「豊饒の海」だった)。それで三島の作品解説をWikipediaを読んでいたら、三島が森鴎外の「高瀬舟」を語っていた。高瀬舟ってどういう話だったっけ?…と灰色の脳の隅をつついても出てこないので、青空文庫で読んだ。

江戸時代、重罪人は高瀬川を下る舟で遠島に送られた。弟殺しの喜助に興味を抱いた護送役の同心羽田は、舟上で喜助にわけを聞く。聞けば、喜助は極貧である。食うや食わずでしかも弟が病気だ。ある日仕事から帰ると、病床の弟が剃刀で首を切っていた。血だらけになりながら「早く死んで、兄を楽にしたい」という。切ってくれとせがむ弟の剃刀を兄は引き抜いた、という話である。

庄兵衛は、喜助の罪は問えないのでないか、彼は弟を救ったのではないか、貧しい社会がいけないのではないか、と考えて悩む。そしてこう思った。

庄兵衛の心の中には、いろいろに考えてみた末に、自分よりも上のものの判断に任すほかないという念、オオトリテエに従うほかないという念が生じた。(出典「高瀬舟」)

オオトリテエとは何か?今でいうオーソリティ(Authority)「権威」である。当時ではお奉行様だ。オオトリテエと書かれると何か新鮮な気持ちになるから不思議だ。

実はこの小説は、鴎外自身が「高瀬舟縁起」という小文で明らかにしているように、「翁草」という江戸後期の随筆にある話を元ネタにして書かれた。鴎外は話を膨らませて短編小説にした。その小文「縁起」の最後にもカタカナ語がひとつ出てくる。

すなわち死に瀕ひんして苦しむものがあったら、らくに死なせて、その苦を救ってやるがいいというのである。これをユウタナジイという。(出典「高瀬舟縁起」)

ユウタナジイとは何か?「言うたな、爺」ではない。英語の発音ではユーサネイジア(Euthanasia)「安楽死」のことである。「高瀬舟」の二大テーマである「裁きは正しいのか?」と「安楽死はさせるべきか?」が、執筆当時(大正5年)には新しい外来語で提示されていた。

おっ、とぼくは思った。普遍的な真実に触れた思い。

すべての小説つまり物語には元になるものがある。ゼロから書かれるものはない。少しだけ「新しい組み合わせ」「新しい調味料」があるに過ぎない。文芸とはそういうものである。

森鴎外が書いたのは昔の随筆からの物語で、しかも貧乏とか自殺とか、言い古されたことだ。三島の最後の四部作にしても輪廻転生がテーマで、そんなものは過去何千人の人が書いてきた。そこに三島流をかぶせて書いただけである。歌舞伎や狂言では同じ出し物を何十回、何百回、何千回とやる。演る者と観る者と時代が違えば、同じ勧進帳でも新しさが出るからだろう。

オリジナルとは何なのか?参照元を隠せるような書き方をしているものがオリジナルなのか?いや、ちがう。あらゆるものには参照がある。人生の普遍的な問題は、いつの時代も変わらないのだ。

オリジナリティとは「オオソリテイとユウタナジイ」があるかどうかだ。

いつの時代にも変わらない話の上に、時代が変わったゆえの新しい解釈や表現、登場人物の思いや行動が描かれていればいいのだ。参照元は絶対にある。問われるのは、参照元あるいは昔の作品を飲み込んで、それを越えて、読み手の人生を変える迫力があるかどうかなのである。

そう思い至ったとき、自分が書いている創作に足りないものを発見できた。今の時代の意見や行動が足りなかった。ここは改善が必要だ。それがわかっただけ収穫である。文の道は険しく、まだ安楽死できる身分じゃないのです。

美味しゅうございました(^^)

余談の追伸:これを書いてる時にあたまにあったのは先の芥川賞の選考で、社会学者の古市憲寿氏の作品が「他の作品を参考にした」と指摘されて、選考委員から糾弾されていたこと。古市氏は「参考にした」と表記していたが、選考委員は「オリジナル」にこだわったらしい。ただ奥泉光氏だけが評価したという記事を読んだ。ぼくはどれも読んでないのでなんとも言えないのだが、みんな何かを参考にして書いている……と思う。医学論文では参照元をたくさん書く方が評価されるのに、文学は「オリジナル」を固持するのが賞賛されるのは、なにか釈然としない。とはいえ、古市氏も参考にするなら万葉の時代の物語でもした方がよかった。

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