緑色の首輪をした二匹の猫の話

背負いのペットキャリーバッグに、猫のピノ子を投入して、よっこらしょと背負って近所を散歩する。すると猫たちに出会う。

以前にも書いたが、我が町は小さな郊外のM駅の駅前通りで二分されている。ひなびた商店街通りの南ブロックは大きな一軒家が多い。監視カメラがある家、ひたすら庭が大きい家、個性的な戸建住宅たち。プチ富裕層が住むエリアでは猫ものびのびとしている。

ピノ子を背負って最初にこちらのブロックに行く。するとキジトラの家がある。窓辺でゴロンとするか、庭で長いリードに繋がれて体操するキジトラは、今日はあいにく家の中だ。その代りその家の前の空き地にチャトラがいた。

草を食んでいる猫に話しかけた。うちのピノ子はね、僕が植える猫草を食べるんだぜ。だがチャトラは何も言わず悠々と空き地を歩いていた。名前は「おっとり」とつけた。

踵を返して我がアパートのあるブロックへ。商店街通りの北側だ。そこは閉店したカラオケや美容室、閉院した医院、神よりも悪魔が降臨しそうなキリスト教会がある。小さな戸建や老朽アパートが目立つ侘しさよ。そこを縄張りに生き抜く猫はだからふてぶてしい。

こちらにもチャトラがいる。名前を「ふてぶて」という。僕がつけた。何しろ人を睨みつけて逃げやしない。そこらじゅうにマーキングをするのだろう、水を入れたペットボトルを玄関に置く家が多い。ふてぶては嫌われものだ。

ふと気づいたのだが、こやつは首輪をしている。そういえば向こうのおっとりも首輪をしていた。よく毛並みが似ている。まさか追いかけてきたのかと思えば、面相が違う。別の猫だがそっくりである……

その後の調査によって、二匹は異父兄弟だと判明した。

話はM駅のM商店街が、まだ賑やかだった頃に遡る。Fカラオケ店の食べるのが好きな猫と、M弁当屋の歌うことの好きな猫が恋をした。便宜上、かんたんにF夫とM子としよう。F夫が夜になるとカラオケ店を抜け出すのは、音痴の客を避けるためだった。耳をすっかり下げても無駄だ、もう耐えられん…みゃぉーっと向かいのM弁当屋の玄関脇で鳴くのだ。すると、「あらあら、今夜も逃げ出してきたのかい、ありゃ迷惑だね」と弁当屋のおかみさんが調理残りの白身魚をちぎってくれる。食べておるうちに看板ネコのM子と目があった。M子はいった。

ヒトは歌がヘタだね。あたいが歌ってあげよう。

M子はたいそう猫歌がうまかった。すすり鳴きあげるバラードが特に美声だ。F夫はうっとりとして、恋に落ちた。商店街のうらを追いつ追われつするのが幸せになった。

そのうち、Mお弁当屋が傾いた。宅地開発も一段落し、街道沿いに大手弁当チェーンが出店して、弁当を買う客が減ったのだ。ご飯を減らし、男爵コロッケをカレーコロッケに変更するまで断固とした経営改革を断行したが、ついに閉店の憂き目に…。おかみさんは借金を背負っていたので、申し訳ないと思ったが、F夫とM子に緑色の首輪をつけてこう言った。

二人でいれば幸せだからね。そして、社会の割れ目に姿をくらませた。

F夫はM子を養いたい思ったが、そんな甲斐性がなかった。できることはせいぜいカラオケ店の軒下に囲うことだ。二匹はカラオケ店の周りですごすようになった。裏庭でにゃんにゃんもした。カラオケ店の主は優しい男だったが、カラオケも客が減り、飼い猫を増やす余裕がなかった。ところがある日、M子が鳴くのを聞いた。

素晴らしい鳴き声じゃないか。うちで歌ってみないか。

夜になって客が来ると、カラオケ店内にM子を入れた。そこで猫歌を歌わせると、酔客がポカンとシラフになるほどの美声なのだ。「猫の歌うカラオケ店」は町の評判になった。お客さんが増えて店主も喜んだ。そのうち、M子はF夫の子を産んだ。出産休暇は数日きり、育児休暇はなく、M子はまた歌い出した。なにしろ看板スターだ。生まれた子猫たちはお客さんにもらわれていったが、そのうち1匹、とても良い声で鳴く子がいた。F夫はその子に自分の緑色の首輪をあげるようにと、店主にお願いした。

幸せは続いたが、しばらくすると波乱があった。

猫好きの常連さんがある日飼い猫のキジトラを連れてきた。名前は仮にキジ夫としておこう。キジ夫はリズム感に優れ、ヒゲで指揮をすることもできた。アップライトピアノの上を走り回って、伴奏さえできた。その伴奏でM子は歌うようになった。やがて噂がたった。カラオケ店の裏庭でキジ夫とM子はにゃんにゃんしたという……

憤慨したのがF夫である。M子を救った挙句に自分はほっぽりだされ、間猫に寝取られたのだ。ある夜、キジ夫が数曲伴奏して、疲れを癒すために外で伸びをしたところ、店影からF夫がビュンと飛んできて、背中につかみかかった。闇討ちである。ギャアギャア、グァングァンのつかみ合いだ。双方、血みどろになった時、店主とキジ夫の飼い主が二匹を分けた。キジ夫の飼い主の常連さんは怒って、F夫を処分しろ!とわめいた。店主はそんなことはできず、しかしどうすることもなく、ある日車で遠くまで走り、F夫を離したという。

異変は続いた。その日を境に、M子は声が出なくなったのだ。もう歌えない。日に日に体は衰弱していった。

看板猫がいないカラオケ店は客も減り、左前になった。M子はキジ夫の子を宿していたが、もう産む体力はなく、我が身を犠牲に産んだ四匹のうち一匹だけが助かった。緑色の首輪はその猫につけた。カラオケ店もやがて閉店した。

お分かりのように、ふてぶてはM子とキジ夫の子、向こうのブロックにいるチャトラのおっとりは、M子とF夫の子である。以上が、ふてぶてに聞いた話だ。ふてぶては下の画像のような姿勢で長話をしてくれた。ずいぶんと長くおしゃべりしていたので、背中のピノ子が帰ろうと催促した。次の機会におっとりと話をして、確証を得ようと思う。

怒涛の原稿作業が一段落……疲弊しきったので猫話を書いてみました。

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