聴いてわかるように書けるか?

自分の仕事に隣接する仕事には、似て非ではない秘訣がある。そこからヒントがもらえる。

プロ野球ロッテマリーンズの場内アナウンサー(いわゆるウグイス嬢)といえば谷保恵美さん。1991年から1700試合以上のアナウンスを担当する彼女へのインタビューを読んでハハンと思った。

絶対に必要なものが7つあります」という、そのアナウンス七つ道具とはなにか。

双眼鏡
スコアブック
四色ボールペン
電波時計
選手名鑑
記録・成績表
のどあめ

スコアブックはカウントまでは書かず、「打席の結果と選手交代」を書く。四色ボールペンで選手交代を追い、「最初の交代は青、2回目の交代は緑、3回目は赤」と、信号のようだ。双眼鏡でベンチを見て、交代の動きを先取りする。選手の背番号を確認し、ブルペンでだれが投げているかも見る。毎日のスポーツ紙チェック&スクラップ、選手名鑑と成績表は随時見る。やまざきかやまさきか、なかじまかなかしまか、ふりがなも大切。電波時計は公式タイム用。

すべては選手を追うため、である。ではぼくの仕事、医師のインタビューでの七つ道具はなにか?

【郷のインタビュー七つ道具】
録音機
事前資料
老眼鏡

ペン
無地のノート
無地のこころのノート

「録音機」はソニーICD-LX30で、日本語表記にでっかい文字という老人仕様がうれしい。「事前資料」はネット中心、「事後資料」は国会図書館でチェック&収集、必要に応じて購入。「老眼鏡」は白内障手術以来のお付き合いで、「目」は、取材対象者の表情はもちろん仕草やくせ、服をじろじろ見る。部屋(診察室や手術室、研究室など)もアラ探しをする。「相手を上から見る目」が大切であり、「上から目線」ではなく、鳥瞰•俯瞰をする目である。「ペン」は黒は書き取り、赤は疑問や質問点をぐるぐる。必ず「無地ノート」を使うのは自由だからだ。何より「無地のこころのノート」を忘れてはならない。インタビュー中に「気づき」「仮説」「勘」をそこに書き留める。

ここまで書いたら、他のアナウンサーも気になった。一冊手にしたのが山本浩著「スポーツアナウンサー」(2015年岩波新書)である。

山本氏はサッカー、野球などスポーツアナの草分けである。本書中に「七つの実況原則」という項がある。実況をする上でこころがける表現や準備などである。

実況描写
情報提示
分析
予測
質問
会話
つなぎ

「実況描写」とは、たとえば「今夜のエキサイティングナイターは伝統の巨人阪神戦、今シーズンはここまで巨人の圧勝で…」というような語りだろう。「情報提示」とは選手紹介や試合前インタビュー、成績紹介など。「分析」は解説者の読みやタラレバで、「予測」は「今日の出来では打てますかね」「いやあ変化球に差し込まれてますからね」といった具合。「質問」は解説者への投げかけ、ベンチ裏リポートであり、「会話」とは、解説者との自由なやりとり、思い出話しである。「つなぎ」はCMへの切り替えのフレーズである。

プロ野球の実況とは、これら七つの要素を織り交ぜつつ、バランスよく伝えるすごい技だ。この実況のベースになるのが、次の「アナウンサーのことばの作用」である。

「試合のリズムを伝達する」
「時間をコントロールする」
「リスナーの温度を上げる」

試合のリズムとはサッカーや野球などスポーツがもつ固有のリズムである。時間のコントロールとは、プレーが中断したときに、何が起きたか、何が問題かを伝えること。「温度を上げる」とはすなわち盛り上げである。

ぼくの医師のインタビュー原稿の七要素が、山本氏の実況原則や作用をどれほどカバーしているか、考えてみた。

【郷の原稿の七要素】
原点
転換点/転換期
苦闘
技術や知識
歴史的視点
郷節(ごうぶし)
贈り物

「原点」とは、青春の一ページ、幼少の思い出など、人間形成につながった出来事や医師を目指すきっかけ。「転換点/転換期」とは恩師との出会い、研究のブレイクスルーなど。「苦闘」は転換期の前後にある雌伏から雄飛へ向かう日々である。これらは山本氏の「実況描写」に近い。

これらを肉付けする手術や医学の「技術や知識」、医学の進歩や手術技術の進歩など「歴史的視点」は、山本氏のいう「分析」「予測」に相当する。

随所に「郷節」をはさむが、それは「泣かせるフレーズ」や「腑に落ちるフレーズ」である。「贈り物」とは、その医師が自分でも思っていなかった「自分の姿」をラストで描くこと。山本氏のいう「温度をあげる」に近いものだと思う。

自分の文はいい線をいっているが、ひとつ大きな課題を発見した。

聴いてわかるように書いているか?

ラジオのリスナーは、山本氏の実況を聴いて、あたかもスタジアムで野球を観ている心の目をもち、そこに座っている気分になる。ああ!そこまでは到底いっていない!いかにそう書けるのか?「スポーツアナウンサー」をしゃぶるように読みこむことにした。

聴いてわかるように書けるか?” への3件のフィードバック

追加

    1. ありがとうございます。
      かつて相手のオーラでびびったこともありますが(近藤正臣氏はその代表例…^ ^)、高名な医師でも、ようやく「上から」見れるようになってきました。

  1. 俯瞰、というのはそれまけ難しいってことですね。対象に寄れば寄るほど(大きければ大きいほど)…。

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