チクタクチクタクと勤勉であれ

世間では毀誉褒貶(きよほうへん)はあるものの、ぼくは田中角栄氏に好意をもっている。その業績よりも「姿勢」にー。

勉強家の氏は、昼間の国会等の仕事が終わって、夕方からの料亭や酒席を2-3こなすと(酒はほとんど飲まなかった)、9時には帰宅し妻のご飯を食べた。10時には就寝して午前2時に起きた。秘書らに準備させて、目白の田中邸のポストに、真夜中の0時までに投函させた翌日の答弁資料を読み出す。だからスラスラと答弁ができたし、多数の議員立法も行い、日本列島改造論を著す知識があった。

その娘、田中真紀子氏の回想本「角さんとじゃじゃ馬」(角川書店 2019年)はどうだろうか。下層階級のぼくには、上流階級を匂わすくだりがプンプンくるし、大臣や長官を務めた政治家という人の回想録ゆえ、派閥臭もある。だが本書の「時計」という一編から、真紀子氏に親近感がわいてきた。

人の一生は誰にとっても一度しかない。その人生をいかに充実して生きるかはひとえに時間の使い方にかかっている。

この書き出しのエッセイ「時計」には、真紀子氏が米国に高校留学する際、父が銀座天賞堂で時計を買ってくれたことが書いてある。あいにくその時計はなくしてしまい、あるとき父の形見の時計をバンドだけ替えてしようと思い立った。角栄氏のPatek Philippe社製という(無限大の値札がついていただろう)時計は故障していたので、スイスの同社に送って修理してもらったそうだ。費用はきっと高かっただろう。その随分あとに亡くなった母親のWalthamの時計には手を出さなかったのは、女性ものが自分にしっくりこなかったのと、やはり父への愛慕ゆえだろう。

彼女の米国高校留学は苦闘だった。1845年創立のペンシルベニア州のクエーカー教の高校に留学したのはいいが、語学がついていけない。ホームステイ先の厳格な主人が、日本人の宗教観を聞いた。真紀子氏は必死に英語で、日本人は結婚式は神式で、派手なウエディングドレス、葬式は仏式…と答えると、日本人はなんという無神論者!と軽蔑されて、ホームステイ先から出て行ってほしいと言われた。

学校でも落ちこぼれで、重度のホームシックになった。そんなとき中学の同級生が留学していると聞いて、会いに行った。そのときの何気ない会話から、「アメリカの高校生なんて大したことない!」と奮起して、心にエンジンがかかった。後年、あの物怖じしない真紀子節の人になれたきっかけだった。

帰国後は父についてほとんどすべての外遊先に出かけた。ただひとつ、1972年の日中国交正常化の契機となった中国訪問を除いて。角栄氏は「無事に帰れない」と思ったので、娘は帯同しなかった。また角栄氏が大蔵大臣時代、IMFの年次総会で英語のスピーチをすることになると、コーチは真紀子氏だった。全文を暗記して演説すると大喝采をあびた。まずかったのは、角栄氏が英語が流暢だと誤解した政治家や記者に質問攻めにあったことだった。

業績といえば、角栄氏は衆議院議員在職44年で117本の議員立法を手がけ、33件を成立させた。立法分野はあらゆる省庁にわたっていたというから、モノ凄さがわかる。真紀子氏も大臣職を二度務めたが、こんなことがあった。

角栄氏はロッキード事件の賄賂で政治生命を絶つことになったが、その時の賄賂を「ピーナッツ」と呼んだ。後年、真紀子氏が大臣になったとき、ある自民党議員が大臣室にやってきて、「これを差し上げます、食べてください!」と言った。包みを開けるとピーナッツだった。議員は「あなたがピーナッツを食べるところを一度見てみたいと思ったのです」と言い放ったという。このあと真紀子氏は泣いた。涙の事情は伏せられたまま、「田中真紀子も涙を流す」という映像がテレビで拡散した。

親が毀誉褒貶•波乱万丈なら、子も同じ。両者には共通する生活感があった。真紀子氏が嫁ぐ日が近づいたある日、嫁入り道具の茶碗を見ていると、角栄氏が突然言った。

「おいマキコ!お前はメシを炊けるか?」

生まれてこのかたやったことがないと平然と答える娘を叱って、角栄氏は「これからメシの炊き方を教えてやる!」と軍隊仕込みのガス釜炊きを教えた。それから何十年たって、真紀子氏は目白通りの並木道に落ちる銀杏を拾っては料理に使っている。

真紀子氏は「チクタクチクタク」という時計の音は心臓の鼓動に似ている、と書く。成し遂げる人には共通項があるのだ。時は金なり、勤勉への鐘なり、なのである。連休明けだからではないが、我々は勤勉でなければならない。勤勉であれば、苦境を越えて、道を開き、成果をあげることができる。チクタクチクタクと日々勤勉でありたい。

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