令和スタイル

昨日の平成最後の日、東京駅まで出たので、丸の内に出て皇居前まで行ってみようと思ったが、なにせ駅構内からひどい人いきれであった。これでは皇居まで行き着けまい。我が風体は坊主頭でやさぐれで怪しいし、手元には鉄製の頑丈なキャリーも下げていた。職務質問は必至である。連行でもされたら用事も済ませられない……ということでやめて、東京駅のホームから丸ビルを臨んで、その向こうにおわしまする平成天皇と令和天皇の姿を、霞ゆく平成の中でイマジンした。

その晩、平成天皇の最後のことばを動画配信で聞いた。気になったのは「天皇としての務め」ということばである。

務め」という表現が天皇の30年間を表していると思った。天皇という職務は義務であり、まっとうしなければならない務め。昭和の日本の罪の謝罪と、災害地への激励に東奔西走した平成天皇の支えとは務めの思い。仕事ではないのだ。仕事とは経済や市場に左右されるものだ。転職もすれば倒産もある。だが務めはどんな境遇にあっても、どんな目にあっても、何歳になっても、まっとうしなければならないのだ。

僕も自分の務めをまっとうしようと思った。ふたつの務めが念頭に浮かんだ。「文を書くこと」と「愛すること」である。結果はどうあれー大したものが書けなくても、あるいは愛が一方通行でもー務めとして果たしたい。

務めをまっとうするために何をしようか?非常に皮相的で申し訳ないが、まず「スタイルを変えよう」と思っている。

具体的には「持ち物」である。財布や鞄、ノートや筆記具、携帯電話などを変えていきたい。色、素材、アナログ感を大事にして、手入れも重視する。新しいものではなく、手になじんだもの、なじみやすいものを使いたい。ちょうど、平成天皇が40年物のホンダ•インテグラを大事に乗ってきたように。だから引き出しや棚を整理して、使えるのに使ってない万年筆や懐中時計を引っ張り出している。

もちろん「見てくれ」も変えたい。坊主頭は常につるんとさせ、歯も歯間もきちんと磨き、服も靴も高価なものは買えないので、せめて清潔にしたい。服のスタイルというと、どうも「ディオール・オムの細身のスーツを着るために」激やせしたカール•ラガーフェルド氏を思い出してしまう。ああいうふうにかっこよくはなれないが。

スタイルといえば「」である、健康といっていい。毎朝体操をしっかりやっている。持久力もつけたい。長年の宿痾である花粉症を治め、視力も維持するべく、日々投薬している。余談だが平成天皇は冠動脈バイパス手術を順天堂の天野医師に受けたわけだが、どうも僕も胸が締め付けられるようなことがポツポツあるので、心臓病で死ぬ予感がする。ミック•ジャガーも受けた経皮的冠動脈インターベンション(PTCA)を受療するのだろうか。

」のスタイルも大事である。嫉妬や不安、焦燥から離れるために、自分のなかにもうひとりの自分をおいて、「ほどよい距離」をたもつことを心がけたい。なによりもいつも前向きで生きたい。

令和天皇、すなわち徳仁天皇、同じ歳の僕には浩宮という名の方がしっくりくるが、彼は雅子氏にプロポーズするとき、「あなたのことは一生全力でお守りします」と言い切ったという。彼らは収入で苦しむことはないが、心の問題で苦しむことはあるだろう。彼は彼女を守れるだろうか。それはともかく、僕も浩宮氏と同じことを一度だけ言ってみたい。孫悟空が書いたことばがお釈迦様の指にあるかどうか、それは運命だ。しょせん結果は決まっているのだ。

以上、僕の令和スタイルを書いてみました。

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