名文元年

ドクターズマガジン2019年4月号のドクターの肖像は奥田準二医師、大阪医科大学付属病院の「肛門を残す」医師である。

日本全国から大阪へ、直腸がんの患者が奥田医師を訪ねて引きも切らない。かれらは一様に「わたしは助かりますか?」と訊くかわりに、「肛門を残せますか?」と訊くのだ。直腸がんでは肛門部の切除を行うため、小腸や結腸に人工肛門をつくるケースが多い。それは「死ぬよりもイヤだ」という人が多いのだ。そこで奥田医師は肛門を残すスペシャリスト、どの医師も首を振る症例でも残せる技を極めてきた。大腸腹腔鏡の名手とその大阪医科大学のチームは、2002年に進行性大腸がん手術が保険適用されて以来、日本でトップクラスの実績を誇ってきた。

しかし今回のドクターの肖像は、奥田氏の腕前をほめる物語ではない。

大腸内視鏡手術トップに君臨する奥田氏を、教授就任パーティのあいさつで「奥田先生はがんばっているけれど、ちかごろ天狗になっていないか」といさめたのは、身内である大学の病院長だった。「お前は甘い!そんな考えではダメだ!生まれ変われ!」といったのは、恩師の名誉教授だった。高慢になった奥田氏を、師も同僚も部下も出入りの業者も、みな冷ややかな目で見ていたのだ。

50代半ばでそんな烙印を押された奥田氏の苦闘が始まる。自省をし、自分を許し、人に許され、もがき苦しむスパイラルの日々が続いた。生き方やロールモデルを探した。多くの書物にもあたった。山岡荘八の著作「徳川家康」を読むとキーワードがあった。「殺すものは殺される、生かすものは生かされる」である。戦国武将は人殺しをたくさんした。信長は元は民の声を聞き、家臣を称えた人物だったが、連戦連勝で天狗になった。豊臣秀吉は貧しい出身だが才知に富み、天下を収めたが、知略を使うこと以上の政治ができなかった。ただ徳川家康だけが「戦争と平太」の真実を知っていた。

奥田氏はいかに自分を生かす境地に達したか、どうぞ本文をお読みください。郵送料のみご負担で本誌を僕からお送りします

奥田氏だけではない。功成り名遂げた医師ほど天狗になる。いや医師だけでなく、さまざまな分野でそういう人は多い。実績を誰のためにあげるのか?高い技を何のために磨くのか?自分の名声のため、競争に打ち勝つためであればあるほど、いつしか孤高になり、まわりが見えなくなる。自分もまた見えなくなる。いつのまにか人生という橋の後ろ=過去と、先=未来の両端が落ちている。前にも後ろにも行けなくなっている……

トップではない僕のような凡人でも、似たトラップがあった。それは嫉妬である。心に嫉妬にうずまかせ、人に認められないという不満をつのらせる。嫉妬をエンジンにすると、いっときは良くてもやがて行き詰まる。自分を生かせず生かされず、人を信じるより疑うようなる。かくいう僕もそのひとりだった。

「だった」というのはまだ早いが、最近、ようやく人と自分の距離を保てるようになってきた。執着から逃れ、肩の力を抜き、自然にうけとめることがだんだんできるようになってきた。自分を直視して、「ああこれは自分の心がつくった幻影だ」「自分がやるべきことはこれだ」とわかるようになってきた。

だからあと20年頑張ろうと思いだした。そのためにまずボロいからだのあちこち(緑内障、花粉症、歯)を治しだした。医師物語の執筆力をもっと高めるだけでなく、少年少女に楽しんでもらえる物語を書けるように修行も始めた。自分でいうのも変だが、ずいぶん変わってきたと思う。だれかを幸せにできる人になりたいと、心底思えるようになったからだろうか。

つまり、自分を殺すものは自分を殺し、自分を生かすものは生まれ変われる、のである。

さて、明日は新元号が発表される。「平成からXXに変わると人心が変わる、景気も上がる」という日経の記事を読んだが、しょせん元号なぞ他力本願、象徴的王国のまつりごとにすぎない。自力本願でいくべしである。むしろこれを機に自分の年号を創ったらどうだろうか。僕ならさしずめー

名文元年

としたいところです。

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