死ぬ日まで必要とされるように

新元号年度の国家予算が101兆円だという。高齢化のために社会保障費は34兆593億円と過去最大で、予算額の三分の一である。僕だっていずれ高齢者、あなただって高齢者、その予算をつくっているのだ……

このままでは国民皆保険制度は破綻し、平等に医療サービスや福祉サービスを受けられなくなる。その危機感のもとで、経済産業省の役人である江崎禎英氏が、省庁の垣根を乗り越えてまとめた提言が、本書「社会は変えられる」(2018年 国書刊行会)である。

江崎氏の問題意識をいくつかひろっていこう。

1、レギュラトリ•サイエンス•トラップ

多くの(全てではない)患者に一定の効果があるという方法論の体系化を「レギュラトリ•サイエンス」という。この方法論がつくられたのは感染症が病気の主役であった時代。つまり原因を特定し、これを排除する効き目のある物質を探し、それを薬品にするという手順である。

この方法論は感染というシングルファクターをターゲットにする医薬品開発には向いていた。しかし現代は生活習慣病(糖尿病、腎臓病、リューマチなど)や老化型疾患(認知症や骨粗しょう症だけでなく、がんも含まれる)が主役の時代。これらは複数の要因、マルチファクターがからむ。レギュラトリ•サイエンスはもはや役に立たないと筆者は指摘する。

2、治療を主体とする現在の保険制度の限界

生活習慣病は運動や食事などで「予防できる」。がん細胞は日々発生しているが、がん化を抑える役目を果たす免疫のおかげでならない。要するに「健康をたもつ」ことで細胞のがん化は防げる。だが今の医療制度は「病気になった人にお金をかける」仕組みになっている。これがまずいという。

さらに過去主役だった感染病は「根治をめざす」医療だったが、生活習慣病や老化型疾患に求められるのは「予防」であり「行動変容」である。行動変容とは運動だけでなく、「社会で働き続ける」「学び続ける」ことである。つまり、お金のかけどころがまったく違う。

3、医療の役割は「治す」から「導く」へ

病を「治す」だけを目指す医療は限界がある。「治せない」のに、治せるまで生かし続ける医療はもとより、治せない現実を受け止めて医療の目的を「予防」や「管理」に移すべしという。具体的な方策として、「DPC(疾病群別包括払い)」や「ペイ•フォー•パフォーマンス」、そして「かかりつけ医」とその活動の前提となる「医療情報共有ネットワーク」をあげる。

DPCはすでに浸透済みだが、ペイ•フォー•パフォーマンスは「かかった分だけ支払う医療」である。キムリアというがん治療薬で「効いた分だけ支払う」医療が米国では始まったが、日本では見送りといわれる。さてどうなるのか…

かかりつけ医と地域の核となる病院が、患者一人一人のカルテ情報を共有するだけでなく、そこから得られる医療情報の解析よる薬効や治療のエビデンスを積み上げる。僕はこれは医療法を改正して強制してもいいと思う。

以上が江崎氏の論点であるが、本書のタイトルが「社会は変えられる」となっているのは理由がある。江崎氏は不公正貿易を是正し、ベンチャー企業融資のあり方を変え、地球温暖化の排出権取引でCO2削減案をまとめ、再生医療制度づくりをリード……、といった苦労と成功体験をもっている。だから岩のように巨大で、崩しようもない医療の世界を、核心をつく一歩から始めれば必ず変わると主張するのだ。期待しております。

さて僕が本書で一番響いたのは、「自分の役割を社会で持ち続けること」というくだり。定年後、ただ生きるために働くのではなく、社会に必要とされ続けることである。

思い出されるのが、会社をリタイヤしたあと、日々持て余していた我が父の姿である。趣味もなくテレビばかりみていた。読書でインプットはあるが、書くというアウトプットがなかった。そのうちからだが動かなくなり、定年後数年で亡くなった。

人はやることがなくなると急速衰える。この世よりあの世に近づく。

大切なのは、60歳以上のシニアでお手本になるモデルがどんどん生まれること。アプリ開発をした80歳の女性がいましたね。今日も80歳の祖母と18歳の孫が同志社大学に入学するというニュースを読んだ。身近にも、77歳で御朱印帳手作りの職人がいる。昨日、千代田区の施設で働くおばあちゃんと立ち話した。シニア登録をして区施設や私立学校で施設管理の仕事をしている。生き生きしてます。

なにより自分がお手本にならないといかん。どんなに小さな市場でも、どんなに少ないお客さんでもいい。自分が頼りにされて「ありがとう」と言われる仕事や技をもちたい。先日亡くなったショーケン(萩原健一)はすごいよ。リタイヤする前からその修行を始めないと。

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