罪と恥

カルロス•ゴーン氏は罪を認めて詫びないのだろうか。

北朝鮮やらベトナムやら米国大統領の弾劾やら、いろんなニュースに紛れて、誰もが忘れかけているが、カルロス•ゴーン氏は腕っこきの弁護士を起用して保釈請求中だという。だが「罪を認めない」うちは、シャバの空気はむつかしいだろう。ルールがそうであるだけではなく、日本にはそういう空気がある。

なぜゴーンのことを思い出したか。読んでいた日本人論ベストセラー『「甘え」の構造』(土居健郎著)の中に、「罪と恥」という項があるからだ。欧米人と日本人の罪の意識や恥の感覚を対比させて、甘えを論じる一節である。読んでいて、なぜゴーンが罪を認めないか、なぜ日本人がそんな彼に業を煮やすのか、わかったような気がした。

まず、一般に西洋人はお詫びはしたがらない。

喧嘩でも自動車事故でも政治交渉でも、心の中では分が悪いと思っていても、「私が悪うござんした!」とは言わない。自己主張をしなさいと論争教育をする国さえある。そこでゴーン氏も「公人として金のやりとりだ、ヤンヤ言うなら法律やルールで白黒つけようじゃねえか!」ということになる。

一方日産自動車の幹部を始め、野次馬の日本人は、有価証券報告書への記載漏れの白黒は微妙としても、巨額退職金を自作自演したり、租税回避で居住地を変えたり、架空発注のキックバックでヨットを買って家族に乗らせたり、結婚式費用を会社負担にさせたり…と、「おいゴーンよ!罪は罪だ!恥を知れ!」「謝れ!」と叫ぶのである。

「甘えの構造」によれば、罪とは個人の中の問題であり、「内面的な自省」である。欧米人の心の底の罪悪感には「裏切りへの恐れ」があり、絶対的な神を裏切ってしまった、おお神よ!…と思うそうだ。だが相手に謝る代わりに、教会に行って神父に告白する。相手に謝らないのは徹底している。ともあれこれはパーソナルな反省である。

一方恥は、所属する集団の中での「恥ずかしさ」であり、外面的なお詫びである。日本人は罪を犯すと「こんなことをして恥ずかしい、皆様に申し訳ない」と、報道陣を前にして「深々と頭を下げる」。昔なら「末代まで恥」と腹をかっさばく。これはパブリックな反省である。

しかし日本の「パブリック」とは、欧米のドライで個人を尊重する社会規範やルールとは違う。実に湿っぽい。「甘えの構造」の中で土居氏は、ラフカディオ•ハーンの「停車場で」という随筆を紹介して、この心理を解いている。

強盗をした上に逃亡中に巡査を殺した男が、逮捕されて護送されてきた。これから留置される。野次馬も報道陣もいっぱいだ。そこに巡査の未亡人が幼少の子をおんぶして立っている。子は母の背で泣きわめいた。その声を聞いた犯人は立ち止まり、「改悛の情きわまった声」で語る。

「堪忍しておくんなせえ、坊ちゃん。何も恨み憎みはなかったんでござんす。ただ逃げてえばかりに、無我夢中でやってしまいました。罪を償うため喜んで死んでゆきます。だから坊ちゃん、あっしのこたぁ、堪忍しておくなせえまし」(「甘えの構造」より要約)

すると群衆もしくしくと啜り泣きをした。犯人付き添いの警部さえ目に涙が光っていた…というお話だが、罪を犯した人が恥を忍んで「お詫びする」とき、「罪人にもワケがあるんだな、ある意味で被害者かもしれない…」と日本人は同情するのである。

なぜ同情するのか。それは「詫びる」からである。

詫びは一般的な日本語では「すみません」だが、それは「済んでいません」、つまり「まだやるべきことをやっていない」という意味だと土居氏は書く。相手の好意にすがって「すみません、まだあなた様からお許しをもらっていません」というのが「すみません」であり、そう言われると「そうかそうか、ならば許してやろう」となるわけである。この詫びる方と許す方の間にあるものが「甘え」であると土居氏は指摘する。

そこでゴーン氏である。彼も詫びたらどうだろうか。

「罪」から「恥」へスタンスを移して、態度を一転改めて詫びれば、検察はダメでも一般人には「しゃあねな」と許されるかもしれない。日産のV字回復にあれほど功績があったんだから、法外な退職金もヨットもダメだけど、名誉職を授けましょう、別の会社のV字回復コンサルタントになってくださいとか…。マアわかりませんけどね(笑)ありうるかなーと思いました。

余談ですが、昨年サッカー代表監督を解任されたハリルホジッチ氏は「恥」を重視する。解雇の是非は問わないが、「俺は恥をかかされた、名誉毀損と謝罪広告をしろ」と訴訟を起こした。彼は「まだ済んでいません」と言っている。実に日本人ぽいが、対する日本サッカー協会は受けて立つそうだ。

ほお…、日本人は謝らなくなったのだろうか?

近隣諸国との緊張関係や、厚労省の統計不正問題、沖縄の基地移転問題などを見ると、日本人は詫びの文化を忘れかけているように見える。なんでもかんでもすみませんではいかんし、それでは相手を怒らせる元にもなるが、基本的には頭を低くしていたいなと、僕なぞは思っております。

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