実用抒情詩(Gebrauchslyrilk)という語はドイツ語の辞書にないようだが、僕の散文辞書には加えておこう。
それはドイツ人作家エーリヒ・ケストナーの造語である。少年少女文学の雄は、詩人でもあった。彼はこう言っているそうだ。
今でも多くの抒情詩人が詩作能力を神様から特許されたものだと主張するが、それはいい気な考えちがいだ、とケストナーは指摘する。「こよなくいとしきものよ」とか「草原のかれんな花よ」とか歌って、詩人はミューズからキスされたのだ、などと言い張る。そんなことを聞けば、子どもだって小さな腹を抱えて笑うだろう。(高橋健二「ケストナーの生涯」1981年より)。
詩は、花よ鳥よ風よ月よとうたうだけでなく、実用的でなければならない。だから「実用叙情詩」と造語した。ではどんな詩を彼は書いたのか。板倉鞆音訳の「ケストナァ詩集」(思潮社 1965年)から断片を挙げよう。
今やぼくはほぼ三十一才となり、
小さな俳句工場をもっている。
ああ、こめかみにはすでに灰色の髪がひかり
友達はそろそろ太りはじめた
「経歴概略」という詩の一節である。詩人が文を書いて暮らす日々があり、「友達が太りだした」には微笑ましい現実感がある。
それはそうなんだ 春がめぐってくる
木々はしなだれ 窓はおどろく
大気は柔かく毬毛のよう
他のことは何れも重要でない
「待ちこがれた春がきた」のこの一節は、どの家のどの人でも共感できる春がある。「重要」という言葉にひたすらうなずいてしまう。
もしも戦争に勝ったなら
高慢な国家になったろう
蒲団のなかへはいってさえ
ずぼんの縫い目に手をあてているだろう
ナチスドイツ時代に30代、40代を過ごした彼は、心底反戦主義者である。この「もう一つの可能性」という詩の、鉄のドイツ兵の直立不動を彷彿させる縫い目の活写が素晴らしい。もう一つ、「偉大な時代よりの引用文」の詩片を二節挙げよう。
故郷にへばりついていた或る牧師が
当時だいたいこんなことを言った
ーイエスさまが今日生きておられたら
機関銃をお執りになったでありましょう」この牧師の居所を誰か教えてくれないか
誰も知らないのか この男はどこに住んでいるのか
もしわかったらーおれは明日にでも
彼の所にいって横っ面をはりとばしてやる
実用抒情詩の「実用」が何かわかってきましたか。それは心を奮い立たせるということ、動かすということだ。
もっとわかりやすく説明しよう。日本の文学界は芥川賞と直木賞に二分される。芥川賞は自分と向き合い、人間の本質に絶望し、乾きにくい涙をこらえる文学である。直木賞はエンターテインメント、数時間楽しませて、乾きやすい涙を流させる文学である。
ケストナーの「実用抒情詩」はどちらでもない。誰もが共感しあえる現実からの喜怒哀楽があり、人として正しい行動をうながす実用がある。心中の蛇やドクロや汚物をただ描いても、読者はつらい。空翔ぶ鳥の美しさや満天の星の瞬きをただ描くなら、むしろ自然を見るべきだ。一歩踏み出させる、何かをさせる、何かを変える。そのためにケストナーは書いていた。
最後に、かなり気に入った詩「雨の十一月」の全節を紹介させてください。
下駄箱にしまいわすれた
一番古い靴をおはきなさい
実際、ときどきは
町の往来を歩くのもいいでしょうすこしは寒いかもしれません
往来はみじめであるかもしれません
それでもかまわぬ 散歩をなさい
できることなら一人でなさいけだるそうに雨が枝から落ちてくる
舗道は光って青い光線のようです
雨が残りの木の葉をむしりとる
並木は年寄り、裸になる晩には十万の光がしたたり
滑るアスファルトの上ではじけとぶ
水溜りには顔があるようです
傘、傘、傘の森である夢の中を行くようじゃないですか
でも街を歩いているのです
秋はよろめいて並木に突きあたる
梢には最後の一葉がゆれている自動車にはご注意ください
寒ければ、どうぞ、お帰りなさい
無理をすると鼻かぜをひきます
そして、帰ったらすぐに靴をおぬぎなさい
2019年、僕はケストナーに少しでも肉薄するために、実用抒情文をしっかりたくさん書きたい。元日のブログは以上です。
Hi Goh Happy New Year to you
May this year bring new happiness, goals, achievements and a lot of new inspiration for your life. Wishing you healthy, peaceful and joyful 2019.
Thanks your warmhearted comment !
I wish this last Heisei year may bring a beautiful wind to your life. I will strike while the year is hot ! Thanks -^^-