平成天皇のまなざし

平成というのは昭和のあとの時代であった。昭和が破壊したことを嘆き苦しみ、成し遂げたことに感謝しつつも牽制をしてきたのが平成だった。そうした価値観を体現していたの平成天皇だった。

朝っぱらから涙もろくなってしまった。天皇家のアルバム大好きではまったくなく、右翼でも左翼でもなく平和なノンポリを自称する自分だが、平成天皇の姿勢や行動は、常々素晴らしいと思っている。昨日(2018年12月22日)、在位中の最後の誕生日を迎えた16分の動画を視聴すると、その言葉が深くて重く、非常に感銘を受けた。

天皇がサンフランシスコ条約の翌年(1952年)、半年をかけて世界各国を回ってきたのは、国際社会へ再び仲間入りをするにあたり、各国の大使を迎える道筋をつくったのと同時に、世界への謝罪があったのだろう。行間にはそう書いてあった。その後、沖縄のことにも触れているのでまちがいない。次いで、天皇はこう話した。

「戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていく」

このくだりの「正しく」とはどんな態度だろうか。正しく知り、伝えることであろう。広島や長崎、沖縄で起きたことを忘れず、伝え続け、ひたすら平和を祈ることである。隣国から小さな挑発を受けて躍起になってはならない。大盤振る舞いして戦闘機を購入する政府には大反対だが、せめて現実論として「絶対の必要悪」とキモに命じなければならない。天皇が話した「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵」という言葉を、戦闘機のすべての機体に1行ペイントしてほしい。

また災害にさらされた弱き人びとへの天皇のまなざしはやさしい。

「災害が発生した時に規律正しく対応する人々の姿」を褒め、「障害者を始め困難を抱えている人に心を寄せていくこと」。人生には苦しみが常にある。苦しみには大小があり、深浅があるかもしれない。でも必ず自分よりも苦しみをいっぱい持つ人がいる。もっと貧しい人がいる。もっと耐えている人がいる。それを思えば自分はいつも励ます人なのだ。励ますことで自分も励まされるのだ。弱き人へはどこまでもやさしくありたい。

苦しいからこそ、何よりも大切なのは人生の伴侶である。

「結婚以来皇后は、常に私と歩みを共にし、私の考えを理解し、私の立場と務めを支えてきてくれました」「現在の皇后と出会い、深い信頼の下、同伴を求め、爾来この伴侶と共に、これまでの旅を続けてきました」。正直、ついに良き伴侶を持てなかった自分を呪う日々がある。おそらく僕だけではあるまい。あなたもそうだろう(^^)何しろ本当に幸せな結婚というものは実に少ないものなのだ。だがそれを呪ってはならない。呪うくらいなら別れてやり直そう(^^)生きている限り伴侶を持てるかもしれないのだから。何しろ良き伴侶をもつことは人生のすべてなのだ。ほんとうにそうなのだ。

2019年の平成天皇の譲位は、イベントではなく自省の時としたい。昭和を生きた人間のひとりとして、昭和の功罪をかみしめて、残された時間で何ができるか、何をすべきか、しっかり考えて生きたい。今朝は以上。

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