外科医パレに学ぶこと

16世紀のフランス王四代の侍医として仕え、従軍外科医としてまた医学者として歴史に名を残すアンブロアズ・パレを描いた本を読んだ。「近代外科の父・パレ」(NHKブックス 2002年)には、当時の戦乱欧州の歴史を背景に、床屋外科医で出発したパレの生涯が描かれている。

パレを描いた本はいくつかあるが、本書の特徴は、3人の医師(外科医2人、医学史と外科専攻1人)が書いたところにある。代表著者の森岡恭彦氏は昭和天皇の執刀をした外科医である。

内容は4章に分かれ、日本の近代外科のルーツにパレあり(第1章)、パレの生きた時代(第2章)、パレの外科医の生涯(第3章)、その業績(第4章)である。とりわけ第3章は成長と努力、窮地を脱して名声を得るまでの冒険譚であり、外科の技で道を開く姿は中世のブラックジャックである。1510年から1590年の生涯、日本では火縄銃が伝来した時代、欧州トップの医療とはずいぶんと差があった。3章を中心に感想をまとめてみたい。

パレはまず「床屋外科医」になった。当時は医学が学問としてレベルが低く、外科の実際行為は内科医の指示のもとで地位の低い人=床屋がやるものだった。顔剃りで血を出すことに慣れた床屋が、外科医として瀉血行為や戦争での銃槍の処置をしていた。その開業には訓練と解剖講義の受講が必要で、パレは解剖学教授に朝4時からへばりついて努力した。やがてパリの公立病院で研修医になった。その病院の模様が下図である。(出典本書)

床屋外科医として研修を終えると、イタリアとの戦争に従軍した。ひと戦終わりかけた頃、味方の大尉が銃撃を受けた。「銃弾には毒があるから熱油で焼灼すべし」つまり銃槍を焼きごてジュっとせよ、というのが当時の常識である。大尉はがんばって耐えたが、パレは疑問を抱いた。本当に弾に毒があるのか?焼くのがいいのか?

ある日の戦場で再び銃槍治療にあたった。ところが油が不足したので、卵黄とバラ油で軟膏を作り傷口に塗って包帯をした。従来のやり方をせずに、死んだら自分のせいなので一睡もできずに夜明けを待った。すると死なず傷口はよくなり兵士はスヤスヤ寝ていた。一方、焼きごての方は悲鳴を上げていた。この経験から、銃槍治療の新しい方法を編み出したが、それだけではなかった。

当時火傷には冷やし薬が使われていたが、玉ねぎと塩で湿布する方が治りが早いことを一般人から学んだ。また右側頭部に打撲を受けた男の骨折部から飛び出た組織が「脂肪か脳か」という論争があった。偉い内科医は脂肪だといい、パレは脳だと主張した。解剖学の知見から自信があったのだ。その組織を水に入れて浮くなら脂肪(浮かなかった)、熱を加えて溶けるなら脂肪(溶けなかった)と実証してみせた。パレには権威にも負けず、過去の常識にとらわれず、実証する姿勢があった。

後年、国王アンリの部隊に従軍した際には、銃弾を脚に受けた貴族の治療をした。もはや切断するしかない。だが従来の焼きごて方式では出血で死ぬだろう。そこでパレは初めて「血管を縛る」ことをした。切開して筋肉をよけながら太い血管に達すると、血管を一本ずつ糸で縛っていった。切断し終えたとき、出血はほとんどなかった。現代の外科医も日々修行してやまない、血管結紮(けっさつ)が発明された瞬間であった。

またスペイン戦争で虜になった時、亡くなった将軍の死因を考察し解剖で立証した。その知見を聞きつけた当地の知事が、何年も患っていた脚の潰瘍を治してほしいと頼んだ。パレは静脈瘤が原因と見抜き、治したら身代金なしで釈放してもらう約束をして、見事に治癒させた。

国王の主席外科医となったパレは、こうした業績を「火縄銃その他の創傷の治療法」「頭部外傷と骨折の治療法」そして「パレ全集」など、フランス語で出版した。というのも当時学者では当然だったラテン語ができなかったからだ。それで権威たちからずいぶんといじめも受けたが、しかしフランス語で書いたおかげで多くの人が読み、翻訳もされ、日本にも蘭語経由で伝わった。

パレの活躍から、いろいろなことに気づかされる。

低い身分から這い上がる心意気
疑問を持って問うて否定する進取の気性
解剖に裏打ちされた実証的な姿勢
内科的な洞察力と考察力
業績を後世に残す姿勢
何より、権威に負けない強さ

時代を越えたこれらの教訓を若手医師が背負ってほしいものだ。しばらく前に江戸時代への医師のタイムスリップを描いたドラマ「JIN-仁-」があったが、もしも自分が江戸時代や戦国時代の医師へタイムスリップしたら、パレと同じようなことができるだろうか?努力と勇気と知恵と正直を出せるだろうか?

いや、一般の人にとってもこれらの教訓は生きる。中世から経済も工業も商業もずいぶんと進化してきたが、果たして「人間」は進化しただろうか?相変わらず頑迷な人いれば、進取を否定する人もいる。人を差別する人もいる。現代の医学部にもそれが見える。パレに学べることはいっぱいある。

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