アメリカの壁

大坂なおみ選手のUSオープンでの優勝は見事でしたね。表彰台スピーチでナチュラルな英語なのに、日本式のお辞儀をしたのが微笑ましかった。でもなおみは本当は飛び上がって嬉しさを爆発させたかったのだろう……

飛び上がってバンザイができなかったのは、いろんな意味のブーイングが会場にあったこと、その表彰台の中継動画(youtube)には「いいね」だけではなく、「よくないね」投票もいっぱいあったことで察せられた。セリーナはコートで無礼だったし、コーチとも反則のやりとりがあり、それを審判がとがめたのに、半官びいきというかなんというか……。そのあたり、複数のアメリカメディアがフェアに書いているので、日本人としては救われた気持ちもあった。

どうもアメリカには「」があると感じたのは、かれこれ30年以上前、15ヶ月くらいアメリカに駐在した時である。

相変わらず上達しない言葉の壁もあったし、カリフォルニアの乾いた気候という壁もあった(湿気の多い日本とは違うので不眠症になりがち)。食べ物や暮らしはずいぶん慣れたが、どこか壁を感じた。壁の正体はなんだろう?

まずそれは「能力」言い換えれば「成功力」であろう。乾いた個人主義、競争社会ゆえに「腕前を見せろ」となる。

僕には腕も才能もないので、代わりにアメリカに挑戦したスポーツ選手を見てみよう。

野球では松坂投手は相当な成績を上げたが、肘の手術後、鳴かず飛ばずになった。もがく姿はどこか日本的、サムライが見えた。ダルビッシュ有投手も成功し、手術を受けるという経過をたどったが、彼は自分をアメリカナイズさせようと筋肉モリモリになった。イチローや黒田投手、松井選手はどうも日本を背負い続けて頑張ったように見える。ただひとり、パイオニア野茂投手には国境を超越した気概があった。

ゴルフではだいたい跳ね返されている。数年良かった宮里選手はまだしも、遼クンはノックしてもノックしても跳ね返された。松山選手もややもがいている。テニスではなおみより先に優勝すると思った錦織選手がもがいている。ここまでカムバックしてきたのは偉大である。次は彼の表彰台を切に期待しています。

つまり、日本ですごい選手もアメリカの競争は激しい。だがある程度通用しても、持続できない。それはなぜだろうか。そこには能力以外の壁があるような気がする。

まず「アメリカ文化」という壁がある。日本人が馴染みにくいのは、かの地の「白か黒か」の世界と、日本の「灰色」の世界が違うからと言った医師(留学体験あり)がいた。味噌汁とハンバーガー、かなりちがいますもんね。日本人のメンタリティが馴染むのを邪魔をすることはありそうだ。

他にも壁はある。ストレートに言えば、「排他主義」もしくは「人種差別」の壁がある。メルティングポット、多様な国から多様な人種が集まって混合文化を作ってきたのに、どこか他国を軽んじる風情がある。アメリカに長年駐在した人がこう言っていた。

「彼ら(白人)は、差別することにコンプレックスを感じている」

シンプルな優越主義ではなく、それなりにねじれがあるという。それってやっぱり優越主義じゃん(笑)と言い返したくなったが、それなりに繊細なのだとその人は言いたかったのかもしれない。一本調子の差別や主張ではないのだと。

アメリカの壁にはたくさん縄梯子やロープが下がっていて、誰でもそれを掴むことができる。だが引き上げてくれるのを待っていても、決して上がらない。なおみのように自分の力で登るしかない。壁の上に初めて立つと、ブーイングのサムダウンと賞賛のサムアップにさらされる。両者がうねるように混じりあって、こう問いただすのだ。

「君はアメリカの壁を乗り越える気があるのか?」

YES!と明快に言った者だけが壁を真に乗り越えられる。マア僕は乗り越えたことはないので(壁の上に立ったこともないので)、理論的には弱いところもあるが(笑)、今朝はこのへんで。原稿入稿します。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中