渡辺京二の『北一輝』を読んだふりして。

原稿がひと段落して、ようやく『北一輝』を読みつつこのブログを書いているのだが、のっけから告白しなければならないことがある。僕はこの本の読者にはふさわしくない。なにしろ僕は天皇制の否定も肯定も、社会革命の建立も破壊も、宋教仁も孫文も辛亥革命も、トント興味がない。それが途中まで読んでしっかりわかった。

僕が興味があるのは「人を文でどう描くか」であり、その意味で渡辺京二氏の資料の調べ方、論点の置き方や意識的なずらし方、他の北一輝論への容赦ない攻撃がおもしろかった。だから後半はざぁーっと飛ばしてしまいました。渡辺先生、こんな読者でどうもすみません。

二•二六事件の引き起こしたカドで銃殺された理論家、日本史上の傑物が実際何をしたのか、しようとしたのか、わかっているようでブレている。まず興味深いのが、渡辺氏が彼の出身地、佐渡島の両津湊町を訪れるくだりである。渡辺氏はにわか北一輝論者の自分に何がわかると自戒しつつ、北の故郷を訪ねるとその地形から「英雄は辺境に生まれる」とつぶやく。銃殺刑後、分骨された墓を訪ねて、北が世界に打って出る革命家になった理由を実感する。そういえば小林秀雄が『本居宣長』を書くにあたって、まずその墓を訪れていた。百聞は一見にしかず、「人を描くときはその人の原点に行け」である。

北はもともとは秀才でならしたが、旧制中学を落第して退学したという史実がある。多くの学者は「成績低下、落第、退学」で自我が崩壊して、社会に反発する思想を持ったと世に広めた。だが渡辺氏はその分析を「あほか」と一刀両断する。

学業成績低下が自我の存在空間を崩壊させるような衝撃であるとは、学校秀才諸君の価値観である。北にはその価値観をわけもたねばならぬ義理はない。(本書34頁)

学業が秀才な人ほど、成績に一喜一憂し、落第したら悲痛を感じる。だからといって、この世の全ての秀才が同じ感情を持つとは限らない。渡辺氏は「人はおのれの甲羅に似せて穴を掘る」と、アタマのいい学業優秀な北一輝論者を笑い飛ばす。大切なことは、人を描く上では「自分の経験や価値観、立ち位置、好き嫌いを捨てねばならない」ということだ。

北の価値観形成を、渡辺氏はこのように素晴らしい切り口で次々とさばいていく。さらに、その中からひとつあげると「政治がなぜ堕落するか」がおもしろい。渡辺氏はこう政治を分析する。

それ(政治の堕落)は彼ら(政党)がかつての純粋な熱情を失い、地位や利益に目が眩んだからではない。それは単なる精神論的批判であって、原因と結果を逆倒するものでしかない。彼らが熱情を失ったのは、目標が実現されたからである。つまり彼らは闘争目標を喪失したのであって、これが彼らが堕落せざるをえない客観的根拠なのである。必要なのは政治的道徳ではなくて、新たな闘争目標である。(本書55頁)

目標が実現されると人は堕落するーそういう例はいっぱいある。かつて民主党は政権を取ると、「仕分け」と称してコスト削減という「道徳」を追求したが、津波にさらわれて世間の波間に消えた。いつの時代でも政治で必要なのは道徳ではない。人を動かす新たな闘争目標なのである。

では革命家の北はどんな社会実現を夢想していたのだろう。

社会はばらばらな個人の「集合せる或る関係、若しくは状態」ではない、それは倫理的共同体、すなわち生命を共にする有機体であるべきである、人間はそういう共同社会においてしか生きることができない。これが北が23歳のときに確立して、終生変わらなかった社会観である。(本書176頁)

北一輝は、彼が英雄視した西郷隆盛の価値観と似て、心の底では神も仏もある平等社会を夢見ていたという。「剛健、正義、熱誠、愛国、護民」、こんな価値観で国家づくりを夢見ていたという。単なる天皇制否定でもなく、単なる国家転覆ではない。その思いをなぜ抱き、なぜ命をかけて、どうやって実現させようとしたのか。心の底にあるのは情念である。思想ではないのだ。僕は人の主義主張というものをほとんど信じない。上っ面なのだ。人は議論では変わらないし、まして暴力でも恐怖でも変わらない。変わったふりをするだけだ。人の底にあるものは譲れない感情である。エートスと言ってもいい。人を描くとは、その人のエートス、すなわち心もちといおうか、揺るがないものを描く、ということだ。もらったエートスをきちんとすくって、再構成して、もう一度熱を加えて人に伝える。書くとはそういうことだとあらためて思いました。

以下、今日のポイント。

「人を描くときはその人の原点に行け」
「人を描く上で自分の経験や価値観、立ち位置、好き嫌いを捨てろ」
「人は目標を達成すると道徳を唱えて堕落し始める」
「人を描くとはその人のエートスをもらうこと」

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