自分はどちらかと言うとアウトサイダーであり、メインストリームの人ではない。大衆迎合を嫌っているわけではないが、嫌われている被害者意識?がある。だからヒット映画やヒット小説は読まないといった悪い?癖があり、読んでも下火になった頃だとか、要するに天邪鬼のところがある。今はそれを変えたいと思い出して、あえて体を鍛えたり、楽しくやろうとしたりしている。自分のタブーを破るために。
その一つが『カメラを止めるな』の鑑賞だった。
ゾンビ映画、低予算、新進監督、無名の役者たち……、拭いきれないクサいものを感じながら映画館に行った。すると…!クサいのはお前だ!(つまり自分デス)ということがわかった。
痛快傑作大巨編であった。出だしこそ映画研究会のノリだったが、それもこれも計算尽くだとは…。驚きのあまり無言になりました。あとになって知ったが、監督の上田慎一郎氏は低予算映画賞を総なめしているそうで、それで鮮やかな映画らしい計算が随所にあることに納得できた。いやツワモノです。彼は天才です。脚本にも脱帽しました。
まだ観ていない人もいるでしょうから、あえて<感じた本質の部分>を箇条書きのメモにした。
✴︎ ワンカットでゾンビ映画をつくるってなにさ?
「ありえないことに挑戦せよ!ってことかな」
✴︎ ゾンビとはね、現代人の姿=抜け殻になって変わり果てた姿なんだよ。
「みんな何かを抱えて生きている。不満、諦め、倦怠、怒り…」
「みんな何かに囚われている。飲酒依存、神経症、安っぽいプライド…」
✴︎ 自分には才能なんかないから…って萎縮するのか?
「目を覚まして戦おう!ゾンビで終わるのか!眠った才能を呼びおこせ!」
✴︎ でもさあ、暮らしも人生もシナリオ通りにはいかないものだし。
「本能のアドリブで乗り越えなさい!」
✴︎ しょせんこの世のすべては商業ベース、お金の力にはひれ伏すしかないのだ。
「その通り。だが予想外に大ヒットさせれば、経済もこっちのもんだ!」
✴︎ そこまで言うならやってみっか。
「そう、裸の自分になって、やりたいことを、ノンストップでせよ!」
✴︎ 舞台裏では誰かが支えてくれているんだ。
「支えを求めるだけではなく、あなたも支える人になろう。ピラミッドの一段になろう」
✴︎ 現状からの脱出のヒントはいつも原点にあり。
「パパに肩車されたときの気持ちを忘れずに!」
✴︎ 思えばね、ワンカットで撮るのは決して奇抜ではないのだ。
「かつて8ミリカメラで子供の動きを撮ったよね。 あれはワンカットだっただろう?」
✴︎ ひとことでいえば…
僕にとっては「勇気のでる映画」であった。
人はなぜ堕落するのか?落ち込んで何もしなくなるのか?それはね闘争目標を喪失するからだ。戦う対象がないからだ。なくはないのだ。この映画を目標にすればいいじゃないか。人生をまだ止めるな!
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