シーモア•ベンザーの愛の遺伝子をたどって

どでかい分子生物学の物語である。

シーモア•ベンザーという物理学から分子生物学に転じた学者の話だけでもどでかいのに、それを描くために1世紀分の科学史をたばねたサイエンス叙事詩、それが本書『時間•愛•記憶の遺伝子を求めて』(早川書房 2001年)である。だから一筋縄では読書感想は書けない。僕にはその魅力をきちんと伝えるだけの知識も背景もない。ただものすごい人間の行動記録である。

科学史のつかみかたが素晴らしい。第1章の冒頭に掲げた引用句。

古代の教え「汝自身を知れ」と、近代の教え「自然を研究せよ」は、最後には一つの金言になってしまいます。ラルフ・ウォルドー・エマーソン

19世紀のアメリカ哲学者エマーソンのひと言が、翻訳で400ページを超える本書を射抜いている。己を知るために人は古代から思考し、呻吟し、旅に出かけ、愛や名声を求め、最後には己を捨てる。幾億人が繰り返した心の散文的葛藤を、20世紀の生物学は、二重らせんで描き、行動を遺伝子レベルの解剖で解き明かした。

本書の主人公シーモア•ベンザーは、第二次世界大戦中、物理学教室の大学院生だった。秘密研究所で軍事用レーダーを改良するプロジェクトに参画し、高電圧に耐えうるゲルマニウム結晶を発見、その成果が戦争後にトランジスタ発明につながった。これだけでもものすごい業績だが、彼の運命は1946年、秘密研究所員から渡された一冊の本で変わった。

ドイツの量子物理学者エルヴィン•シュレーディンガーが対戦中に書いた『生命とは何か』である。本書で、生物物理学者のマックス•デルブリュックは「生命の突然変異は量子的飛躍のようなもの」という考えに基づく実験をしていた。遺伝子こそが解くべき問題であるとして、物理学と遺伝学を結び付けろという。生命は遺伝物質にすぎないという。本書を読んだベンザーは分子生物学に進路を変更し、突然変異の研究を始める。研究はやがて大きな染色体の「巻物地図」となり、古典的な生物学を破壊し、分子生物学の大きな流れを形成する。

具体的には三つのキーワードがある。生物はすべて時計遺伝子を持っているとする「時間」、生物行動は遺伝子で受け継がれてきたという「記憶」、そして出会いさえも遺伝子で好悪を決定づけられているという「愛すること」。

全ての生物には「予定運命地図」があって、跳躍遺伝子やP遺伝子といった「トリガー」になる遺伝子から行動に至る道筋がある。まさにワトソンが言った、「かつてわれわれは自分たちの運命が星座の中にあると考えてきた。今や、自分たちの運命の大部分は、われわれの遺伝子の中にあることを知っている」(『タイム』誌)の通りである。

生物学をミートローフみたいにグツグツ煮込んで、跡形もなくしたのがベンザーの業績である。感想は尽くせないほどでなのでもう終わり、ひとつ興味深いことをあげよう。彼の業績は「ノーベル賞を2つ取れるほど」と言われていたのに、なぜ受賞できなかったのか。ベンザーの研究室で研究留学した堀田凱樹氏(東大名誉教授)は本書にもちらりと登場するが、酒井邦嘉氏との対談で、できなかった理由をこう語っている。

受賞できなかった原因は, 本当の友だちがいなかったからかもしれないと思いますね。基本的に周りは皆,敬ってはいても近づかないという感じがありま したから。怖い人だという評判で,人に好かれるというより,「偉い人」「特別な人」 という感じでした。(『現代神経科学の源流』より)

ノーベル賞を受賞する人は人付き合いやPRを欠かさない、そこで推薦されてなるからだ。だがベンザーには自己宣伝という遺伝子がなかった。二重らせんコンビが商業道に走ったのと対照的に、ベンザーは堅物で栄誉を求めず、その生涯は玄人受けするが地味だったのだ。

これは興味深い。例えばアートの世界でも、創造活動を自己宣伝(名声や肩書きの獲得、有名になりたい)にしている人はかなり多い。「あー、あの人のアートは手段だったのか!」と、Facebookの知人の活動を見て、手に取るようにわかる。知ればちょっと居心地は悪い。では自分は書くということを、何のためにしているのか?といえば、僕も決して純粋ではない。誰かを喜ばせたい一心でダンスして書いているようなものだ。でも宣伝意欲も有名欲もまったくないので、ベンザーの気持ちはなんとなくわかる。

無粋なベンザーにはしかし愛の遺伝子があった。

妻を無くして研究しかなくなった寂しい日々、20歳近く若い神経病理学者のキャロルと出会う。ベンザーは彼女が、彼の好きなフェルメールの「青いターバンの女」によく似ていると思った。すぐに脳の仕組みに関して同じ強迫観念を抱くことに気づき、ガチャのカプセルトーイのようなガラクタ好きも同じ、突然変異のハエについて尽きないおしゃべりができた。遺伝子が重なるように結婚した。

すべては遺伝子に書かれているとはいえ、書かれていることを私たちは知らない。知らずに遺伝子地図をたどる運命を歩くことこそ、楽しみではないだろうか。

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