ちびまる子の顔のタテ線

猫に起こされて、いろんなことを考えていたら目が覚めてしまった。3時48分。

考えたことのうちのひとつがさくらももこさんの死去のニュースで、ぼくは彼女の漫画をじかに読んだわけでもなく(『りぼん』だもんね)、テレビアニメで接したくらいの「その他大勢」のひとりである。それでも「あーーー!」と残念だなーと思いました。ちびまる子で育った世代の人がショックを受けるのはうなずける。

どんなショックなのかなーと思う。

もともとはさくらさんの体験からスタートした漫画で、三世代の家庭や学校での出来ごとがコメディーでつづられていったわけで、どこにでもある家庭といえばそうなので、それもあって国民的人気となったのだろう。それも舞台が静岡なので、マーケティング的にいっても「日本の中心」「日本の平均」でもある。ちょうど平成がスタートした頃から始まった漫画だから、平成の家族という趣もある。初期のタイトルを見ても、

「まるちゃん遠くのしんせきの家に行く」
「まるちゃんは遠足の準備が好き」
「ゆううつな参観日」
「お父さんとお母さん けんかする」
「うちはびんぼう」

といった、あるある、あった!……という共感できるテーマで溢れている。

キャラクターも、お父さんやお母さんやお姉ちゃん、とりわけボケのおじいちゃんがおもろいわけであるけれども、なんといってもまるちゃんのほのぼの感というヌケ感というか、それでいてリアル感があるのがよかった。

とりわけまる子の「顔のタテ線」がぼくは好きだった。げぇーっ!ていうか、驚き!ていうのか、あの線はなんだったのだろう。いろんなもののミックスがあの「顔のタテ線」だったように思う。

何しろうちの家族はタテ線ばかりだったのよ。

おじいちゃんはインテリで英語を教えてくれて、タテ線の代わりに経度と緯度のある地球儀をくれた。おばあちゃんは厳しい人だったが孫には優しかった。叔母さんの家が金持ちで、部屋が幾つあるか数えられない大邸宅で、別世界が楽しかった。一方家は畳にGがはっていた。父はいろんな意味でタテ線だった。兄にも僕にも厳しく、昭和一桁で無口で、経済力だけが自慢で…。婚外子がいたこともいろんな意味で重いことだった。リタイヤしても無趣味だったのも嫌だった。母にもタテ線があった。ほんとうは子育てとは縁遠い、夢に生きる人が本質だった。依存症だったし、料理下手だったしと、いろいろ思いはあるが母を責められない。自己否定しちゃうから。振り返ると、自分の家族にはタテ線がいっぱい引かれておる。

そういうダークサイドを考えてもつらくなる。書いてもつまらんものになる。ちびまる子がよかったのは、そういうものが仮に後ろに横たわっていたとしても、そこがコメディになっているってことだ。いろんな思いとか現実とかが平成のどの家族にもいっぱいあるんだろうけれど、なにもかもがあのタテ線になって集約されているところではないかと思うわけです。

マア違う意見はあるだろう。それでけっこう。あなたの思いでちびまる子を振り返ってみればよし。それがさくらももこさんへの餞になるってもんです。全国の家族がそうやってくれれば、それはすごいことですよ。

さて寝るか起きて仕事するか…

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