『気になる人』はさらりと読めるがあとで気になる。

さすが歴史と人間の達人、対談集の形をとりながら「いかに生きるか」を描く見事さよ。

熊本在住の思想家、渡辺京二氏の『気になる人』(2015年、晶文社)は、氏が「9人の独自の文化を築いている人々」と語り合う対談集である。元は熊本日日新聞の連載なので、お相手はみな熊本在住の人びと。だが必ずしも熊本出身ではなく、ふらりときた人もいる。農園をする人も、店をやる人も、勤める人も、絵を描く人も、詩を書いて時々カリフォルニアに行く人もいる。みなが熊本を拠点にして、何かしらの文化をつくっている。

何人か挙げてみよう。市内の本屋、長崎書店で働く児玉真也さんとの対談である。

渡辺 僕は本屋の店員というのは、客に声をかけるのが大事だと思うんだよね。「この間も見えてましたね」とか、「この間はこんな本買いましたね」とか。
児玉 今、まさにそこを課題にして店づくりをしようとしています。

同書店は熊本の文化を担ってきた老舗である。渡辺氏は当店のご贔屓なのだろう。そこで人文科学の棚を任され、選書して品揃えする児玉さんと対談して、こうアドバイスしている。「今日はいい本が入ってますよ」と八百屋のように声がけしなさいと。おもしれえ、意表をつかれた。話しかけて悪いはずはないが、本屋は静かなものと相場が決まっている。だが本は「コミュニケーションの道具」である。オススメは実は読者にはありがたいのだ。対話の賑わいある本屋というのは斬新ですね。閉塞する本屋経営のひとつの突破口かもしれない。

画家の板井榮雄さんとの対談では、次のくだりでのめり込みそうになった。

渡辺 ところで、最近の熊本の若い絵描きたちの絵はどうですか。
板井 若いのに面白いのはいますけどね。でも体質だけじゃダメなんですね。やっぱりあの、文法が要りますよね。

板井さんの絵には基礎があり、独自の雰囲気があるというのが渡辺評だが、「体質」というのは「表層的な表現」というくらいの意味だろう。滲み出てくるものでなく、すくったもの。「文法」は技術だろう。筆力であり、構成する力、色を見せる力。そこが若手は怠っているという。板井さんが「ピカソだけは別格」と言っているが、ヒザを打った。ピカソの根本にはものすごい技術があり、それで生命を射抜いた絵を描き、彫刻をしている。僕もピカソだけは別格である。

阿蘇の麓にレストラン「ボンジュール•プロヴァンス!」をいちずな思いで開いた田中啓子さんにはぶっとんだ。

一冊のプロヴァンスの本を読み込んで、想像を膨らまして、プロヴァンスよりもプロヴァンスらしい店を作った。それも夫をけしかけて家を売らせて、自然いっぱいの430坪の規模である。面白いのが、飼い犬が転居先のアパートでは飼えないので、「1坪の小屋」(まさに犬小屋)を阿蘇の土地に建てたという。レストランが建築できるまで、電気も水もない小屋で4ヶ月犬と暮らしていたというのだから。彼女の独断的?な次の叫びがいい。

田中 本物のプロヴァンスより、阿蘇のプロヴァンスがいいの!

ぐるなびで星4つ以上の人気レストランである。行ってみたい。無農薬農場をつくる池田道明さんのノウハウにも感動した。

池田 春草は鉄パイプとかでなぎ倒すと、夏草が出てくるのが遅くなって、ミカンになじむ草しか出てこなくなるんですよ。悩ましかったのはカズラ類でした。除草剤をしないとミカンの木に巻き付いてどうしようもなく増えるんです。巻き付く前になぎ倒すと、カズラは下をはうんです。そうすると、カズラが他の草を抑えてくれて、カズラのじゅうたんみたいになるんですね。

無農薬栽培は草との戦いなのだが、それがよくわかる。池田さんは草を鎌で切っていて、キジの頭を切ってしまったのにまいったそうだ。最後に渡辺氏のコメントで締めよう。

渡辺 いま世界の資本主義というものがだんだんどんづまりに来ている。たとえば、今の金融資本主義は、仮想の資本主義で、ギャンブルと同じく実体経済がないわけですよ。物をつくる分野も、物があふれていてみんなもう要らないわけなんです。だから今の資本主義は長続きしないだろうし、そうすると、もっと違った形の資本主義というものを考えなければならない。だからこそ生き物の声を聞いているあなたたち農家が哲学者になって、新しい哲学を作っていかなきゃいけないと思う。

この対談集はいかに自然体で生きるか、それでいて家計も成り立たせるか、で貫かれている。熊本に移住すればどっちもできる、というもんじゃなく、熊本にもたらすものを持っている人なら来たれ、実現できると渡辺氏は言っている。いずれお訪ねします、待たれよ、肥後もっこす。

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