医事評論家の水野肇氏の『私の医療ノート』を読んだ。
初版が1986年の本書は、医療•医学の評論という魁(さきがけ)の仕事をしてきた水野氏が、出版社編集者から「これまでの活動の20数年を振り返ってください」と勧められて、自身のノートをもとにまとめたものだ。医事評論は彼が作ったジャンルと言っていいだろう。本書を書く時点で20数年ということなので、ノートの日付は60年代から始まっている。その時代に、これほどのことを見通していたとは、卓見以外の言葉が投じられない。
上巻で一番気になったのは、日本医師会会長を務めた武見太郎氏のエピソードである。武見は戦後、銀座教文館ビルに自由診療の診療所を構えたが、その入口にこう書いた張り紙があった。
一、特に苦しい方
一、現職国務大臣
一、80歳以上の高齢の方
一、戦時職務にある軍人
これらの人はすぐ診察します、と書いてあった(同書P113)。戦時職務とあるのは、戦前からこの張り紙をつくり、堅持していたということだ。自由診療ゆえに診察料は決めておらず、持つ人からは取り、持たざる人からは少額だった。武見太郎というと政界とのつながりなどがいわれるが、こんな診療態度があったのか。武見という人間に興味をもった。
老化についてもおもしろいことを書いている。
老化の差は人によってちがうが、どういう時によくわかるかというと、小学校の同窓会である。まず出席者を見た感じでわかる。後ろ姿が颯爽としている人は健康で家庭に憂がない。悪い人は後ろ姿がわびしい。(同書P218)
笑ってしまった。店先で自分の背中が映されるときに、注意して見てみたい。さて同窓会では話の輪が幾つかできるものだ。仲良しグループの再来もあるが、あるグループでは昔のことばかり話の花を咲かせる。別のグループでは未来のこと、これがしたいあれがしたいと熱心に話している。さて自分はどっちになれるだろうか。
下巻にも卓見がほとばしる。
21世紀になって、生活が豊かになれば、おそらくイデオロギーの対立はなくなるだろうといわれる。そのさい、大きな対立となるのが、おそらく人間対機械、科学対心の問題、あるいは、別の言い方をすれば、ハードウェア対ソフトウェアというようなものになるのではないかと思う。(同書P207)
今我々はスマートフォンというハードウエアとソフトウエアに牛耳られて、病気にまでなっている。よりによって人工知能というものまで崇めている。もはや私たちは人間ではなく機械のスイッチの一部のようにも思える。
次のくだりも興味深い。
かなりショッキングな話であるが、イギリスのグラスゴーの大学の研究チームが「幼少期にひどい精神的ショックを受けた子どもが、長じてガンになる率が高い」という発表をしたことがある。これは医学的に是認されている研究ではないが、「免疫機構の精神的支配、あるいは神経的支配という関係で結びつけられるだろう。精神機能や神経機能が免疫機構を支配しているという状況証拠はたくさんある。そういうことがあっても不思議ではない」とする小児科医もいる。(同書P219)
ある小児外科医が「痛い、痛い」という子にあらゆる外科的治療を施した。だが治癒しなかった。もちろんそれは「心が痛かった」のである。総合医療というのか、医療の総合化というのか、「本来の医療」とは心身をすべて診れるものだろう。病院はまだこうなっていない。ようやく「消化器センター」「XXXXセンター」の時代である。実態はまだ診療科の看板を束ねただけのところもあるだろう。
さらに水野氏は「医学的リハビリテーション」と「リハビリテーション医学」という二つの言葉を出して、この二つは違うものと書く。医学的リハビリテーションは病気の進行を止めるだけではなく、自分で生活し、社会復帰するところまでを行うもの。だが従来の一般的なリハビリテーションは運動機能障害に限定された一部門であり、精神病や心臓病、脳血管、聴覚障害、視覚障害などは範疇になかった。近年だんだんと広がってきたわけであり、老年医学でも老いを総合的に捉えるようになってきたわけである。
進んだように見えて、まだ医学も医療は道半ば、そんな感想をもった。
最後にひとつ、「プラシーボ」という言葉である。偽薬のことで「暗示だけでも効能がある」というもの。もともとはラテン語で「あなたを喜ばせるだろう」という意味だそうだ。人を喜ばせることーこれが最良の医療なのである。
医療人、老化、感情、医療の目的など様々な示唆がある重要な本を読んだ。数多の著作を書いた水野肇氏は、90になるがご存命のようだ。書くことで生と死に向き合ってきたゆえの長寿なのだろうか。見習えればと思った。
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